四季、神物語
宇伊パンチ
森の道――存在しない怪物
第1話
鬱蒼とした森を、ひとりの少女が歩いていた。
どこまでも広がっている木々は留まることを知らず、いくら目をこらしても木、木、木というほどに樹木は続いている。
上を見上げればそびえるように緑が生い茂り、まだ昼間だというのに、地表には太陽の光が一向に降りてこなかった。
右を見ても木。左を見ても木。
当然後ろを振り返っても、これまで通り過ぎてきた沢山の木々が広がっているだけで、これから行く先にも当然のように深い緑が続いていた。
そして、その沢山の木々が呼吸をしているからか、空気中にはいっぱいの水蒸気が漂い、薄い霧となって視界を覆っている。
湿った空気は少しも温もりを与えてくれず、冬でもないのに少し肌寒い。
ただ、そんな森林にも、一本だけ道が通っていた。
本当に細い道だ。
少し離れたところから見れば、木々が覆い重なって道なんて見えないし、たとえ道の上を歩いたとしても、そこは成人した人間の男が一人通れば、たちまち横幅全てを隠してしまうほどの大きさだ。
道なき道、よりは道と言えるかもしれない、存在としてはあまりに小さな道。
その細い、一本だけの道を少女が歩いている。
年齢はまだ十四、五ぐらいだろうか。
細い線をした体つきは、少しぶ厚めのローブに覆われていた。そして、下半身には長い道のりを歩いても破けない頑丈なズボンをはいていたが、足首の部分には少しつぎはぎがしてある。
頭には前方向につばのついた帽子を被り、さらにその上にフードを被っている。
そのフードから小さく覗いている顔は如何にも華奢な顔立ちで、こんな森の中を歩くにはちょっと相応しくないようだが、その様子とは対照的に瞳に強い光を宿していて、そこには少女自身の意思が込められているように感じる。
「ねえ、エノ。この森を抜けるにはあとどれくらいかかると思う?」
「んー、予定だとあと一日も歩けば抜けられるかな。もちろん、道に迷っていなければの話だけれど」
少女の隣には『エノ』という一匹の大鹿がいた。
身体の大きさは少女の倍程度。だが、道が狭くて窮屈なので、心なしか少し身を縮めているようにみえる。背中には少女の荷物を載せるため、革でできた鞄がくくりつけられていた。
そして頭の部分には立派な角があり、二本ある根元は先端に行くにつれそれぞれ四方に分かれていき、存在感を一際大きくしている。
そのとき、どこからともなく「ぐう」という音がした。
少女はその音と示し合わせたかのように、立ち止まる。
「はあ。なんだ、シキ。お腹が減ったのかい?」
エノは言った。
すると、『シキ』と呼ばれた少女は誤魔化すように大きめの声で答える。
「そろそろ休憩にしない? 私は少しだけ、疲れたわ」
シキの強がる様子をからかうエノの声とともに、ひとりと一匹は休憩を取ることにした。
*
エノの背中にくくりつけられていた鞄には、少しの食料が残っていた。
表面が硬く、保存の利くパン。これは鞄にたくさん詰めていたからあと三日分程度。
そしてチーズ。これはもうあまり量がなくて大事に食べても精々あと一日分。
「でも、この湿気じゃあ早めに食べておかないと悪くなっちゃうね」
「そうね。じゃあ、このチーズはいますぐ食べてしまいましょう」
シキは道端にあったちょうどいい大きさの石に腰を下ろして、膝の上に包んでいた布を広げ、そこにパンとチーズを置く。
パンにかじりつくと、いつも通り表面が硬くて、文字通り歯が立たなかったが、しばらく悪戦苦闘していると段々食べられるようになる。
外側は硬くても中は結構柔らかいのだ。
次に、シキはチーズを手に取った。
半分に割ると、チーズの熟成された香りが広がる。
これは以前に通った村で手に入れた物で、この独特な風味が硬いパンとの相性がいい。
シキはパンの内側の柔らかい部分と、チーズを一緒に口の中へと放り込んだ。
「シキはよく食べるなあ」
エノは木々の間に紛れてひっそりと生えている柔らかい葉を選り分けて食べながら言った。
「私のお腹はいつも空いてるよ」
シキは残りのパンとチーズをペロリと平らげた。
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