第51話 《別れ》


 どれくらいか時間が立ち、イブキはリリスに見送られ氷花騎士団の寮を出た。シャルは動けない状態だったので、彼女の要望で最後に「ぎゅー」をして別れてきたのだ。


 リリスが裁縫してくれたローブは、今着ると暑くなり過ぎるくらいだった。それほど、メリーシープ? とやらの素材は保温性に優れているのだろう。


 イブキは畳んだ赤いローブを手に持ち、フードの代わりに帽子を被り込んでいた。背中にはリュックを背負っており、まるでどこかの旅人のようだ。


 寮前で待っていたドナーへイブキは駆け寄る。イブキよりも先に、ドナーが口火を切った。


「おお、戻ったか! 餞別までもらったみたいだな! 今までは持ち物が極端に少なかったしな! シャルたちに感謝するとしよう! 《星火祭》については聞けたか!?」


「概要だけね。どんなことをするのかは、教えてくれなかった。その方が、楽しめるって」


「まあ、たしかにそうだな! とにかく、楽しいイベントだから、心配はするな!」


 ドナーが頭を撫でようとしてくるので、イブキはさっと躱す。見た目は幼女でも、中身は22歳の社会人だ。撫でられるのは、恥ずかしい。


「イブキよ、ノクタ団長にも挨拶していくか!?」


 ドナーが本部の方へ顎をしゃくって見せるが、イブキは急に冷たい目で睨みつけた。


「は? ぜってー行かねー」


 何度も言うが、審判所で最初に襲いかかってきた時のことをイブキは根に持っているのだ。ノクタが謝ってくるまで、許さないつもりだ。

 イブキの豹変っぷりにドナーは声を上げて笑い始める。


「そう言うと思ったぞ! 他に、挨拶しておきたいやつは?」


「うーん……」


 そもそも、交友関係が狭すぎる。竜人族のフレイと墓守のブレインは、今二人で旅行中だと聞いている。大司教のフィオは立場上会えるわけがない。レーベは面会を禁止されているはずだし、なにより罪を償えたら会おうと約束している。


 イブキは首を横に振って、「特にいないかなぁ」と答えた。


 元の世界では、社会人になってからは『上司』『先輩』『同期』『取引先』としか交流がなかった。こっちの世界でも《災禍の魔女》という肩書のせいで人脈を作りにくい環境に置かれている。人間関係においては、なにか呪われているのかもしれない……。


 

「そうか、なら思い残すことはないな!」


「どうせ数日で戻ってくるんだから、大げさなのよ、ドナーは」


「そんなことないさ! 出発は、明日の昼だ! これを渡しておこう」


 そう言って渡してきたのは、飛空艇のチケットだ。イブキは受け取って、ポケットの中にしまい込む。


 飛空艇が出港する『セネン』から、《星火祭》が開催される『雪国ストラルン』までは、7時間ほどもかかるとシャルは言っていた。不安はあるが、旅人になったみたいでわくわくもしている。


「ありがとう、ドナー」


「それと、これもな!」


 さらに渡してきたのは、通貨の入った小袋だった。イブキは流石にすぐには受け取れなかったが、ドナーは無理やりリュックの中へと詰め込んできた。


「はっはっは! 出世払いでいいからな!」


 一文無しで旅に出るのは、確かに無理がある。イブキはもう一度礼を言った。

 

 それから、二人は南門まで戻ってきた。本来は店を廻りながら準備をする予定だったらしいが、事前に用意してくれたシャルたちのおかげで随分と時間を短縮できた。


 街を出る直前、ドナーが呼び止めてきた。


「イブキよ、明日は見送れないが、寝坊するんじゃないぞ! 目覚まし時計を忘れずにな!」


「わかってるわよ。子供じゃないんだから」


「どうみても子供だがな! 不思議なことを言うな!」


「そ、そうだけどさぁ……」


 中身は22歳OLなんです! と明かすのはいつになることやら。その情報が世界中に広まってしまったら、《災禍の魔女》は自分を大人だと思いこんでいる変人、というレッテルを貼られてしまう。


 ドナーは最後にこう告げた。


「――イブキよ、《紅血の魔女》を知っているか?」


 真剣な声音のドナーに、イブキは違和感を感じ取った。


「知らないわ。……どうしたのよ、いきなり」


「簡単に言えば、最強の魔女だ。監獄島で服役していたが、つい一週間ほど前に脱獄したらしいんだ。自ら監獄島へ出向かったと聞いていたが、今度は脱獄をしてみせた。真相は不明だ」


 イブキは、ドナーの言葉にはっとした。

 レーベとの戦闘時に現れた、《鎖の魔女》チェインが言っていたではないか。これから監獄島へ行き、を迎えに行く、と。


 ドナーへも、そのことは伝えていた。これで合点がいった。《鎖の魔女》とその《紅血の魔女》とやらは繋がっている。


「イブキよ。お前の魔術は森羅万象に関与できる強大なものだ。だが、《紅血の魔女》にだけは気をつけるんだ」


「な、なによ。いつもみたいに、元気よく喋ってよ」


「いや……本来なら、お前を行かせたくはないのだ。ただ……」


 声を落とすドナーの真意を、イブキは垣間見たような気がした。


「……魔法七星?」


「うむ」


 ドナーが頷く。


 簡単に説明するとこうだ。

 《鎖の魔女》は、イブキを仲間に引き入れようとしてきた。さらに、《紅血の魔女》とやらまで現れたのだ。《災禍の魔女》であるイブキの周りで、良くないことがたて続けに起きている。このまま、エネガルムにイブキを置いていてはトラブルの元になりかねない。

 だから、偶然舞い込んできた《星火祭》を利用して、魔法七星はイブキを一時的に切り離そうとしているのだ。


(……エネガルムを救って、良い気になってた自分がばかみたいだ)


 イブキは別に落ち込んだりはしなかった。魔法七星の判断は正しい。


 ドナーは補足してみせる。


「《紅血の魔女》のことは、まだ魔法七星と俺しか知らない。シャルとリリスには、悪気はないんだ。そこだけわかってくれ」


「大丈夫よ。あなたも、悪くないわ。……次、戻ってくるまで、元の話し方に戻しておいてね! 調子狂うから!」


 イブキはまくし立て、ドナーへ別れを告げた。

 悪い方にばかり考えてしまう。今は、《星火祭》を楽しむことだけ考えよう。


 そうしてイブキは、草原の中にぽつんと佇む自宅へと帰路を歩むのだった。《災禍の魔女》には、やはりあそこがふさわしい――。




 


 





 

 



 

 

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