第33話 《戦線離脱》


 突然、リリスが体を抱きしめてきた。シャルにはわかった。無防備な自分を、守ろうとしてくれているのだと。

 耳元で、リリスが「ごめんね」と呟いた。


 ――そんなことない。私たちは、よくやった。みんなも、そう言ってくれるはず。


「終わりよん! 《ストーム――》」


 シャルたちは目をつむった。これで終わる。結局、誰も助けることはできない。


 ――その考えを断ち切るように。


 シャルたちの背後から、レーベ目掛け氷の槍が放たれた。レーベがそれを《竜爪》で弾く。氷槍は遠くの地面に突き刺さり、破砕音を響かせて消えた。


(え……?)


 二人は困惑して顔を上げる。


「この魔法は……」


 レーベが憎たらしげに、シャルたちの後方に立つ人物に目を向ける。シャルたちも、振り返った。

 黒い髪、金色の瞳――。同じ、氷花騎士団の制服。

 その人物は、レーベを睨みつけ唸るように告げた。


「よくも、俺の部下に手を出してくれたな」


 氷花騎士団団長、ノクタ=グレスレアだ。シャルは涙が出そうになるのをこらえた。

 ノクタが、シャルたちとレーベの間に立つ。リリスは思考が追いついていない様子だ。シャルは、息も絶え絶えに、


「団、長……?」


「頑張ったな、シャル、リリス。後は、俺に任せろ」


 そして、ノクタはそのままレーベへと向かっていってしまう。と、今度は水色の髪を肩まで伸ばした女性が現れた。スタイルの良い身体に、胸元のあいた服。目元にほくろがある、ノクタと同じく20代後半くらいの女性。手には大きなバックが握られている。

 それにはリリスが反応した。


「ぷ、プレアーネさん?」


 魔法七星の一人にしてヴォルシオーネ大陸最強の水魔法使い、プレアーネ=シルベットだ。


「久しぶりね、リリスちゃん、シャルちゃん。半年前に、あたしの店に来て以来かな?」


 確かに、任務前に立ち寄って以来か。プレアーネは、話しながらシャルの体を支える。

 シャルはされるがままだ。もうそれくらい、体がいうことをきかない。


「ひとまず、ここを離れましょう。傷を治療しないと」


 プレアーネは医学や薬学にも通じており、彼女が営む店のポーションや塗り薬は、絶大な効果があるため高値で取引されているほどだ。リリスがほっとしている。

 プレアーネなら、シャルを治せるかもしれないと信じているのだろう。


 プレアーネ以外にも、氷花騎士団第3部隊のメンバーもいた。彼らは、負傷した第2部隊のメンバーや、息を引き取った竜人族たちを別の場所へと運び出そうとしている。

 

 シャルは、リリスとプレアーネに体を支えられ、その場から離れようとしていた。地面に、血がぽたぽたと流れ落ちる。プレアーネは険しい表情をしていた。それほど、重症なのだろう。


 かすれる声で、シャルは訊いた。


「他の、みんなは……?」


 この状況でも他人を思えるシャルの意思に困惑しながらも、プレアーネは応える。


「門は全て無事で、竜人族たちも保護してるわ。ドナーさんたち第1部隊が街のみんなを避難させてくれてる。あなたの部隊のメンバーも、助かると思う。……レーベが、なんでこんなことをしたのか、わからないけど……」


「無事、か……よかった、です」


 と、シャルの体から力が抜けた。死んでしまったのかと思い、リリスが声を上げそうになる。だが、どうやら気を失っただけのようだ。


 近くの宿にシャルを運び、プレアーネが早急に手当を始めた。バッグから輸血パックを取り出し、さらにはポーション、薬草まで取り出す。流石としか言いようのない手際だ。

 他にも第2部隊のメンバーも運ばれてきた。


 ベッドに横になるシャルを眺めて、リリスは問いかけた。


「お姉ちゃんは、助かりますか……?」


 プレアーネはシャルの傷口を押さえつけながら、本音を告げる。


「わからないわ。血を失いすぎてるから。でも、全力は尽くすから……」


 リリスはまた涙を流しそうになってしまった。胸が苦しい。プレアーネの言葉の意味が、よくわかる。シャルが、「死ぬかもしれない」ということだ。

 姉がいない世界を、想像なんてできやしない。二人はいつも一緒だった。シャルは、リリスの目標で――。


「プレアーネさん、お姉ちゃんを、お願いします……!」


 深く頭を下げ、リリスは踵を返す。


「ちょ、ちょっと、どこに行くつもりなの?」


 あの戦場から逃げたばかりなのだ。プレアーネが慌てるのも無理はない。


「まだ、戦いは終わっていません。あの場所に……魔法研究所の地下に、イブキさんや竜人族のみなさんが捕まっているらしいんです。レーベさんが、あたしを殺そうとする前に言っていました。だから、あたしが助けるんです!」


 ここにいても姉のためにできることはなにもない。だが、リリスはまだ動ける。姉の代わりに、みんなを助け出すのだ。


 リリスの意思を受けて、プレアーネはそれ以上止めることはしなかった。


「頼んだわよ、リリス=リーゼロット!」


 リリスは頷いて、宿を後にした。本当は怖い。あの場から離れて、ほっとしている自分すらいる。けれど、姉なら必ずみんなを救い出そうとする。リリスはぐっと拳を握って、駆け出した。


「待ってて下さい、イブキさん……!」


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