第26話 《シャルの答え》


「イブキさんが戻ってこない?」  

 

「はい、すでに丸一日も連絡がなくて」

 

 ブレインが声を落とす。


 シャル=リーゼロットは、エネガルム墓地の墓守、ブレインの元へ来ていた。  

 時刻は夕方で、辺りは薄暗い。ブレインには氷花騎士団のメンバーとして最初こそ警戒されていたが、イブキとの関係を伝えてどうにか誤解を解いていた。


「塔へ行った後、一度戻ってきたんです。魔法七星のレーベが怪しい、とだけ言い残して、また出ていったんです」


「そうですか……ありがとうございます。あとは、私に任せてください」


 シャルは丁寧に敬礼をして、ブレインの小屋を後にした。氷花騎士団本部へ戻る道を歩みながら、整った顔に険しい表情を浮かべる。


 イブキは竜人族のことを信じると言っていた。彼らが、エネガルムを火の海にするなんて考えられない。なにか、別の原因があるはずだ、と。たしかに、シャル自身も竜人族討伐の出来事に違和感を覚えていた。もちろん、討伐隊には参加していなかったため、詳細は知らない。だが、イブキのことを信じてみようと思ったのだ。

 そんなイブキが、突然姿を消してしまった。《災禍の魔女》である彼女のことを、表立って捜索するのはかなり危険だ。なにより、氷花騎士団第2部隊隊長として許される行為ではない。


(イブキさんは、大丈夫。問題は……)


 商店街を吹く風が、シャルのブロンドヘアーを撫でる。周りの人達は、その美しい女性に目を奪われていた。


 ――問題は、そのエネガルム炎上の原因が『なんなのか』だ。


 イブキは、魔法七星のレーベが怪しいと踏んでいるらしい。そうだった場合、迂闊に手が出せない。

 魔法七星の権力には、氷花騎士団ですら屈するしか無い。同じく魔法七星であるノクタは例外だが。


 思案を続けていると、いつの間にか氷花騎士団本部の前まで来ていた。シャルは夜に染まりつつある空を見上げ、「はぁ」とため息をついた。


「私に、力があれば……」


 ハーレッドとの戦いでさえも、自分の無力さでドナーが重症を負ってしまった。今回の件も、シャルの立場ではどうしようもない部分もある。だが、諦められない性格の彼女には、それが一番辛かった。

 

 氷花騎士団本部の中から、騎士たちが出てきて寮の方へと向かっていく。その中に、シャルと同じ金の髪を結わえた少女がいた。その少女は、シャルに気づくと笑顔で手を振った。


「あっ、お姉ちゃーん! 見回り終わったなら、一緒に戻りましょー!」


 実の妹リリスは、心安らぐような笑みで迎えてくれている。


(私も、できるところから始めないと、ね)


 微笑んで、シャルはリリスの元へと歩み寄るのだった。

 



 氷花騎士団の寮は、本部の裏にある大きな建物だ。二人一組で部屋が割り振られており、建物の東棟と西棟でそれぞれ男女と別れている。

 シャルはリリスと同じ部屋だった。これも、リリスが「お姉ちゃんと同じ部屋がいい!」と寮長に頼み込んだからなのだが。


 今、シャルは部屋の机に向かって書類と格闘していた。食堂で食事を済ませてから、ずっとこの調子だ。

 この部屋は、二人で使うには余りあるほど広い。必要なものが全て揃っていて、この部屋だけで、ほとんどのことが完結してしまうほどだ。

 書類の整理を終えたところで、リリスが浴室から出てきた。金の髪はまだ濡れていて、今は背中まで髪を下ろしている。ピンク色のパジャマ姿だ。


「お姉ちゃん、お風呂上がりましたよー」


 シャルは書類を片付けながら、


「ありがと、リリス。……もう、敬語が癖になっちゃってるわね。姉妹なのに」


 伸びをして冗談交じりにいうシャル。リリスは恥ずかしそうに頬を掻いた。


「だって、仕事中はあたしの上司だもん。周りにも示しがつかないもんね」


「……いつも気を使ってくれてありがとうね」


「ううん。まだ、仕事してたの?」


「今日の仕事は終わりよ。次の遠征の申請書を準備してたのよ」


「大変だねー、部隊隊長は……」


 シャルは首を横にふる。


「そんなことないわ。みんな、年下の私にも着いてきてくれる。こんな、幸せなことないわよ」


 まだ21歳のシャルを、部隊のみんながサポートしてくれている。しかしそれは、シャルが頼りないからではない。みんな、真っ直ぐに突き進むシャルの役に立ちたい一心で行動してくれているのだ。


「あたしも、お姉ちゃんの役に立てるよう頑張るね! もっと、雷魔法を練習しないと……」


「充分助かってるよ、リリス。今度、新しい雷魔法を教えてあげるわ」


「ほんと? やったー!」


 大げさに喜ぶリリスは、そのまま近くのベッドに飛び込んだ。その様子を見て、シャルも笑みを浮かべる。


(もし、エネガルムが火の海に堕ちるなら……私は、リリスやみんなを守らないといけない。その原因が、イブキさんの予想通りレーベさんなのであれば、魔法七星を相手にすることになる。私は、勝てるのか……?)


 ドナーは負傷中で、戦力に数えるわけにはいかない。第1部隊の隊長は、今は別大陸へ派遣に出ている。

 あとは、評価騎士団のトップ……団長であるノクタに相談するべきかどうか……。


 イブキは、ノクタには相談しないほうがいいと言っていた。魔法七星はリムル神に近しい存在だ。リムル神の予言や、他の魔法七星を疑う行為は、許されるものではない。イブキが言わんとすることもわかる。もし、そんなことをすれば、シャルは部隊隊長としての威厳を失うだろう。


 シャルは、故郷の家族に約束をしてきた。氷花騎士団で一番の騎士になり、世界に《リーゼロット家》の名を馳せるという約束だ。故郷では、《リーゼロット家》は落ちこぼれの家系として扱われていた。そんな不名誉な評価を、家族のためにも覆したいのだ。


 でも――。


(イブキさんは、《災禍の魔女》と世界から非難されながらも、迫害された竜人族やこのエネガルムを守ろうと頑張ってくれている。イブキさんにだけ、そんな辛いことはさせていられない……)


 シャルはぐっと拳を握った。明日、ノクタへ相談しに行こう。たとえ自分が隊長としての威厳を失ったとしても、それが街のみんなのためになるなら――。







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