第17話 《墓守》



 墓地がある場所は、大通りと商店街から遠く離れた北にあった。王都の中だというのに、ここ一帯は自然で満ち溢れている。まるで林の中のようだ。

 人の気配がなく、静かな場所だ。ゆっくりとここへ向かっている間に、空は紅葉色に焼けてしまった。これからどんどん暗くなるはずだ。


 林を貫くように伸びた道を歩み始める。道に沿って設えられた街灯に、炎が灯る。少し進むと、小さな小屋があった。訪ねてみたが誰の返事もない。

 仕方なく、墓地の方へと向かっていく。墓地は不気味なイメージしかない。元の世界でだって、夕方や夜の墓地へ行くのには抵抗があった。


 だが、この世界の墓地は想像と違っていた。


 林を抜けた先は、芝の平地に大理石らしき十字架が立ち並ぶ場所だった。いくつもの花壇があり、花々が風を受けて身を揺らしている。数えるほどの人々が、それぞれの墓へお参りをしていた。


 イブキが呆然と立ち尽くしていると、帰る人々に不思議な目で見られてしまった。真紅のローブを纏った幼女がこの墓地にいるってだけで、目立ってしまうのは仕方がない。

 ついにイブキ一人になった。と、背後から静かな足音が聞こえてきた。振り返ると、手にランタンを持った老人男性が歩み寄ってきていた。

 黒髪をオールバックで仕上げた、優しい目をした老人だ。 


「お嬢ちゃん、こんなところでなにをしているんですか?」


 イブキは墓地の方を振り返って、静かな声で応えた。


「こんなこと、失礼かもしれないけれど……不謹慎かもしれないけれど……綺麗だな、って思ったの」


 老人男性は自慢げに笑った。


「少しでも美しい場所で眠らせてあげたくて、私が作り上げたんです。死者はみんな、静かに眠る権利がある。たとえそれが、生前に悪人であったとしても」


「もしそれが、《災禍の魔女》でも?」


「ええ。確かに《災禍の魔女》は、半年後に世界を滅ぼすとして、忌み嫌われています。ですが、予言は予言です。もしかしたら、覆すことだってできるかもしれません」


 この世界では、リムル神の予言は絶対のはずだ。だが、この老人男性は、リムル神の予言を全て鵜呑みにしているわけではないらしい。

 イブキはフードを取り払って、老人男性へ顔を見せた。男性は少し驚いたが、優しい表情で出迎えてくれた。


「なるほど。紫髪、首元のタトゥー、あなたが……」


「イブキです。あなたは、ブレインさん?」


 当てずっぽうで問いかけてみたが、男性は小さく頷いてみせた。


「ええ。なぜ私のことを?」


 イメージと違い、イブキは調子が狂ってしまう。竜人族と関わりを持っていると聞いて、もっと激しい人を想像していたのだ。イブキは、これまでに起きたこと、ハーレッドとの会話のことを伝えた。すると、男性――ブレインは目を丸くした。


「なんと。あのハーレッド様に勝ったのですか」


「まあ、うん……」


 イブキは恥ずかしくなってしまった。誤魔化そうと、頬を小さな指で掻いている。あの時の魔術のチートっぷりは、凄まじいものだったからだ。


 ハーレッドは、ブレインが力になってくれると言っていた。そんな彼に、最初に聞いておきたことがあったのだった。


「どうして、竜人族に協力して、無許可の転移ポータルを作ったんですか?」


 すでに日は落ち、辺りは闇に包まれつつある。ブレインが言った。


「ひとまず、小屋へ戻りましょう。小さいですが、食事も寝床もあります。もちろん、シャワーも」


「シャワーは大事ですからね。でも、いいんですか? わたしなんかが」


「ええ、《災禍の魔女》なんて関係ありません。泊まるところもないのでしょう? ――竜人族へ協力した理由についても、食事を取りながら話しましょう。話すと長くなるのでね」


 イブキは微笑んで頷いた。ブレインは、信用しても良さそうだ。


 二人は道を戻り始める。そして、最初にイブキが見た小屋へと戻ってきた。今日はここでお世話になるとしよう。《災禍の魔女》が、宿なんて取れるわけがないのだから……。


 


 



 






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