悔いはないか?
「何がしたいんだ?」
分からなかった。おれを陥れてまで達成したいことが何なのか。何より,大介に申し訳なかった。おれはあいつの身体を借りて,あいつの生活をぶち壊してしまった。もう普通に登校して学校生活を送るのは不可能と言ってもよかった。ただ,はめられた理由だけははっきり知っておきたかった。おれは,大介は何のために犠牲になったのだ。
「私ね,どうしても龍樹と一緒の高校に行きたいの」
言っている意味が分からなかった。進路を叶えたいのなら勉強をすればいい。生徒会長という肩書が必要なら,常友が近寄らってこなければ間違いなくおれは一匹狼だった。事態をややこしくして何がしたい。どうしておれを悪者に仕立て上げたのだ。
「それじゃあ理由にならない。だったら,仲良く協力していればことは済んだんじゃないのか? 勝手にお前らで団結してたらさ」
分かってないわねえ,とうんざりした様子で常友は両手をあげた。
「私たちはね,県内でも有数の進学校に進みたいの。あなたたち凡人や,いや,出来損ないじゃあ逆立ちしても入れないようなところにね。もちろん,トップクラスであるからそう簡単には入れないわ。学年で一,二を争う私でさえ模試でB判定だったりするんだもの。龍樹も頭はいいけど,それでも有利になるものがあるなら合格を確実にするために何だってする。生徒会長はそのための名刺代わりよ。その名刺を手に入れるために,変なところでこけるわけにはいかないの」
一息に言い切ると息を整えた,そして,目を細めて見下すような顔でまた続けた。
「対抗馬なんていなかったのよ。何の心配もしていなかった。そしたら,学校に来ていなかった何のとりえもないさえな男子生徒が復帰してきた。びっくりしたわ。まるで顔つきが変わって,立ち振る舞いが別人なんだもの。その変わりようにいつしかみんな注目するようになったわ。大介が面白いほど変わってる。あいつに声を掛けたいけど,冷たく当たっていたからいまさら声もかけられないって。その時はおもしろいこともあるもんだなって思うだけだった。でも,ある噂が飛び込んできたの。あんたが生徒会長に立候補するってね」
常友はいつしか歯をむき出して語り,拳は固く握られていた。これ以上ないほど敵対心をあらわにしてまだ語り続けた。
「はじめは嘘だと思ったわ。いくら変わったと言っても,将来を考えているようにはとても見えないし,志がある風でもない。仮に本当だとしても,どうってことないって軽く考えていた。でも,周りの反応は違ったわ。あなたのことをいじめていた連中は手のひらを返したように応援しようかなって呟いているし,あいつが会長になったらどうなるんだろうって野次馬の票も入りそうな感じ。そうなってくると,こちらとしても面白くないのよね」
手で自分の顔を仰ぎ,疲れた,と呟いて椅子に腰かけた。足を組んでこっちを見る表情からは,さっきまでのヒートアップした蒸気は消えていた。その代わり,今度は凍てつくような冷たいオーラを発していた。
「だからね,潰れてもらったの。もう明日から学校に来れないようにね」
背筋が寒くなった。
夢を追うあまり頭がおかしくなった人間を憐れむと同時に,偶然に感謝して生まれて初めて神に祈った。
「何嬉しそうにしてんだよ」
にょろにょろしながらあおってくる男を無視して常友と向き合った。相良は眉間にしわを寄せている。「未羽」と相良は常友に呼びかけたが,常友はうなずくだけでおれから目をそらさない。
「いや,ここまで最低なやつらを見たのは初めてでさ。感情に任せて暴力をふるうよりよっぽどひでえや。嘘をついてまで夢を叶えたかったのか?」
常友の目を見ながらニョロの言葉に返答した。未羽,と今度はきつめの声で相良が注意を引こうとしたが,常友も気の強い女だ。おれから一切目を離そうとしない。
「社会のごみなんだから,踏み台になって。それぐらいしか役に立つことはできないんだから」
にらみ合ったまま,おれたちは笑った。笑ったおれを見て,常友は頭がおかしくなったと思ったみたいだ。
「つまり,うそをついたことに悔いはないと?」
「目的が果たせたらそれが一番だから」
未羽! と相良が声を張り上げた。可笑しくて噴き出してしまった。え,と言ってやっと常友が相良の方を見た。
「おい,てめえのポケットに入っているのはなんだ?」
「生徒会長を目指す才色兼備の相良くん,言葉遣いが荒々しくてちんぽが縮こまっちゃうじゃないか~。言葉の使い方あってる?」
ポケットを探り,画面をタップした。ピコン,と録音停止の音がポケットの中で鳴った。
え? と常友は目を丸くした。さっきからそれしか言っていない。とうとう「え」のイントネーションで思考を表明するようになったようだ。
「見たい? いいけど,乱暴しないでよ」
ポケットからスマートフォンを取り出した。昨日の夜,大介との約束があったから途中で録音機能を起動していたのだ。まさかこんなところで役に立つとは思いもよらなかった。
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