ウチくる? 親もいないし
「いつからいたんだよ?」
お化けなんて非科学的なものは信じてない。目に見えないものに怯えるなんてあほらしいから。ホラー映画を見てビビるのもバカみたいだし,映像を取るため演出だと思うと冷めてもくる。ただ,遊園地なんかにある化け屋敷は別だ。あれは存在するから。目に見えて,実際に襲い掛かってくる。視界の隅から飛び出したり,大きな音が急に鳴り出すと心臓が高鳴る。
今,後ろに立っていた常友からそういう不気味さがあった。
常友は読めない表情を崩し,柔らかく笑った。
「何本気で怯えちゃってんの? 怖いのは私の方なんだけど」
「何が怖いんだよ」
「だって・・・・・・」
こらえきれない,といった様子で常友は噴き出した。なんだか小ばかにしたされた気がした。
「大介くんが図書室だよ? 勉強なんててんでダメなのに」
やっぱり馬鹿にされていた。
待てよ,と言い返そうとする自分を抑える。
大介の部屋を思い返してみると,まず一番最初に印象に残ったのは「こいつは読書家だ」ということだった。漫画も多少はあったものの,文庫本から分厚い本,外国人が作家の者もあったし小説以外の新書なんかも置いてあった。こんなにたくさんの本を取り揃えている奴が,学校で本を読んでいるはずはない。本好きで口数が少なく,とっつきにくい奴だと思われているんじゃないのか。それが高じて,いじめにつながったのじゃないのか。
常友を見る。顔の筋肉は笑ってはいるが,どうしてもそれがお笑いを見た時のような,愉快な出来事やご機嫌な気分からきているものではない気がした。
「おれは・・・・・・昔から本が好きだぞ」
カマをかけてみた。大介に直接聞いたわけではない。でも,あいつはきっと本が好きだ。そのことに間違いはない。そのことを,常友が知らないはずはないのだ。
期待していた返答があったわけではない。むしろ,どんな返事が返ってくるのか怖くて,適当な言い訳をしてこの場から去りたかった。でも,常友が発した言葉はおれの足をさらに重くした。
「知ってるよ。種掛くんが本好きってこと。でも,あなたは種掛くんじゃないでしょ?」
一瞬,目の前が真っ白になった。こいつは気付いているのか。おれが大介と身体だけ入れ替わっているってことに。でも,なんで?
「気付かなかった? 私,途中からあなたのことを大介くんって呼ぶようにしたんだけど。ほら,名前を聞いてその呼び方をするわけにはいかないし,この方が何かと都合がいいから」
屈託のない笑顔で常友は笑った。なんだこいつは。読めない。あまりの鋭さに圧倒される。
適当なことを言ってもしょうがない。こいつがめちゃくちゃなことをしない限りは,特に被害を被ることもないだろう。
初めて大介と出会った時のやりとりを思い出した。あの時,自分たちのことについて誰にも話さない,なんて約束はしなかったよなと確認する。
おれは,常友に全てを話すことにした。
「やっぱりね~。なんでも言ってみるもんだね。でも,そんなことありえる?」
ふざけてるの? と言われたときには拍子抜けした。ふざけてんのか,と言い返したくもなった。
「お前な,さも知ってますから,みたいな言い方しといてそれはないだろ。まあ,別に信じてくれなくてもいいんだけどな」
喧嘩をしたこと,起き上がると自分の魂がこの身体に乗り移っていたこと,大介と授業を真面目に受けて生徒会長になる約束をしたことなどをかいつまんで話した。要点だけを話そうと思ったのに,支離滅裂な文章になっていたことは否めないが,それでもうんうんと常友は真剣な表情で聞いていた。
しまいにはどこから話せばいいのか収集が付かなくなって,事故にあう前までの自分のことまでぺらぺらと話してしまった。
だから,真面目に聞いた表情のまんま「ふざけているのでしょ?」と言われたときは何のことを言われているのか分からなかった。破天荒な生活で好き勝手していることかと思ったが,そもそも大介の身体に別の魂が入っていることに疑問を持っていると口にされたときには,ぶんなぐりたくなった。
でも,冷静に考えれば,そんなこと信じられるはずはないのだ。常友の,すべてを察したような雰囲気に騙されただけなのだと思うと,自分が情けなくなる。
「私,信じるよ。だって,そっちの方がつじつま合うし」
恥ずかしくてそっぽを向いていた顔を常友の方に向けると,眩しいくらいに爽やかに笑った。こいつ,えくぼがあるんだ,と綺麗に小さくへこんだくぼみを見つめながら,こんなに近くで話したのは初めてだから知らないのも当然だと思い当たる。そして,これからはこのくぼみをこんなにも近くで見れるのかと思うと,妙に照れ臭くなった。
もっと笑っていてほしいという考えが頭をよぎったとき,自分で自分をあざ笑った。何を考えているんだ。おれは自分の身体を取り戻すために柄にもないことに取り組んでいる。そして,おれの願いがかなった時,こいつとは・・・・・・
「さっきから何笑ったり沈んだりしてんの? 気味悪いんだけど。もしかして,中学二年生にありがちな特有な時期ってやつ?」
常友に話しかけられて意識が明瞭に戻ってきた。口の悪い奴だ。品もない,思いやりもない,こいつにあるとすれば,全く理解のできないボランティア精神だけだ。こんなやつに惚れかけていた自分が情けなくなってきた。
「しばくぞ。お前はおれの原稿さえ作っていればいいんだ」
「そのことなんだけど」
俯きながらこちらの様子を伺う様子が,ちょうど上目遣いで急に弱弱しくうつる。危ない,意識を強く保たないと,妙に心が揺さぶられる。
「急いだほうがいいと思うんだ。そんなに時間があるわけでもないし。今日さ,ウチくる? 親もいないし」
体温が一気に上昇しているのが分かる。常友の家で,一緒に原稿を作る。おれの目的のためにはうれしい申し出だ。でも,胸を激しく打つ原因がそれだけではないことはもう疑いようもない。「親もいないし」という言葉が躍るように耳の中でこだましていた。
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