姫と騎士の歩む道

タカハシあん

序章

我、求めるものは

「まるで砂糖菓子畑だわ」


 窓辺に佇む少女が清楚に微笑みながら毒づいた。


 色とりどりの衣装に身を包み、愛らしい笑みを浮かべながら会話を楽しむ淑女たち。


 目に見える光景は美しいが、聞こえてくる話は耳を塞ぎたくなるものばかりであった。


 誰其の恋の話や舞踏会でなにを着ていくかといったものばかり。世間ではなにが起こっているか、これからどう生きるか、自分を高めるような話などまったく出てこなかった。


 自分は十三歳だ。


 ここにいる“淑女ども„からしたら相手にもならない小娘であり、社交界でお披露目もされてはいない子供であるが、人格や品位、趣味の良さなら絶対に自分が上である。負けないだけの語学と知識は持ち合わせていた。


 だからといってここにいる砂糖菓子と一緒にされても迷惑だし、競いたいとも思わない。ましてや立派なことをいって目立ちたいわけでもなかった。


 ただ自分は、一人の女として、いや、人であることに誇りを持ちたいのだ。


 自分はこのミナス帝国に属している。この帝都にいれば公爵の娘としてなに不自由ない生活ができるし、国に帰れば公女として絶大な権力があった。


 それはそれで満足しているし、この地位だからこそ歩める道がある。父と母の子として生まれたことに感謝しているし、両親を誇りに思っている。


 だがと、自分に問いかける。


 それは自分が望んだ力なの? 本当に望む生き方なの?


 違うともう一人の自分が否定する。自分は両親の間に生まれただけ。理解ある父に甘え、公女という道を歩ませてもらっているだけだ。


 ……私は自分の道を自分で選びたい。自分の足で歩きたい……。


 世間ではそれ贅沢と、我が儘ととるだろう。だが、どんなに罵られようと、人は自由を求めたい。自由であるからこそ心を豊かにしてくれると知っているから。


 だったら地位を捨てれば良い。名を捨てれば良い。一人の女として生きれば良い。そういう者もいるだろう。だが、生憎自分はそれ程単純にはできてはいない。世間知らずのバカ姫ではない。


 自由の道は茨の道だと知っている。強くなければ歩むことはできないと知っている。意志がなければ挫折すると、そういう道だと知っているから歩めないでいるのだ。


 だから剣を学んだ。魔術も学問も一生懸命勉強した。庶民の生活を知るために街にも出たし、労働とはいかなるものかと土にまみれこともある。どれもが新鮮で、どれもがためになるものだった。


 本当ならこんな砂糖菓子畑にくるより街を散策した方が有意義なのだが、ここで行われる"茶会"は特別中の特別で、奇蹟の姫と詠われる超人ウインノス族の姫が営む館から招待されるということは帝都の花と認められたことを意味するのだ。


 この館──白の浮遊島にある《天空の館》に足を踏み入れるには、奇蹟の姫に招かれるか七人いる花夫人から認められなければならない。


 そんな人たちに認められなくても一向に構わないし、知らなければ知らないでも良い場所である、だが、奇蹟の姫の親友にして義姉妹である剣姫つるぎひめと知り合い、仲良くなったら、皇帝や国内の有力者に贈られる特別会員券なるものを無理やり押し付けられたのだ。


 そのことが従姉妹たちに知れ渡り、帝都にくる度にせがまれるのだ。


 うんざりと思うが、従姉妹たちのご機嫌をとるのも公女の勤め。波風を立てないように励むしかないのだ。


 とはいえ、この館にある《星空の森》にくるのは好きだった。


 森には《三種の奇蹟》と詠われる《命の樹》が数十本も植えられてあり、まるで神々が住む天界のように神秘的な光景を見せてくれるのだ。


 ……この館も砂糖菓子が集まらなければ良いところなんですけどね……。


 華美でもなく地味でもない。落ち着いた色合いに包まれ、所々に置かれた美術品はとても趣味が良く、使用人の教育は宮廷で働く上級女官にも勝るだろう。


 料理や菓子も斬新でどれもが頬が落ちてしまいそうなくらい美味しく、お茶など全世界のものが楽しめた。まだ自分は口にしてないが、命の水を使った宝石酒は天にも昇る美味しさだという。


 空になった杯を卓へと置き、中庭へと視線を移した。


 そこには立派な女神像の噴水があり、見事な水の芸術を少年騎士が鑑賞していた。


 いや、ここは乙女の花園。乙女の館だ。


「……グロスフィークスの騎士乙女……」


 清楚な微笑みのまま、愛を囁くように呟いた。


 その少女は自分と同じ公爵の娘。いや、十二公国でもこちらは大国。あちらは小国。国力も国土も天と地程の差もある。


 ──なのに、あの娘は自分の欲しいものを持っている。


 もちろん、礼儀作法は自分の方が上だ。知識や学問も負けてはいない。乙女としても何十倍も優れている。勝負するのもバカらしい程だ。


 ガリっという音に我に返り、自分が嫉妬していることに気がついた。


 冗談ではないと、バカな感情を振り払った。


 だが、どんなに否定しようがもう一人の自分が許さなかった。


 見たくないものから目を反らし、聞きたくないことに耳を塞ぐ。自分に都合の良いことしか受け入れないではそこら辺にいる砂糖菓子と同じではないか。


 ──冗談ではない。そんなものになるくらいなら死んだ方がマシよっ!


 自分を特別だとは思わない。この生活が当たり前だとも思わない。公爵の娘だということを傘にきるつもりもない。傲慢になったこともない。


 そう。自分は騎士乙女に負けたくないだけ。女という性別。公爵の娘という立場。そういったものにしばられることなく自分の道を歩んでいる。その道がどんなに茨でも自分の足で歩んでいるのが羨ましいのだ。


 真っ正面から本心と向き合うと、いい知れぬ敗北感が生まれた。


 別に競っているわけではない。仲が良いというわけでもない。話したことなどほんの数回しかない。ただ、同じ年というだけで意識しているにか過ぎなかった。


 噴水を見ている騎士乙女のもとへ、この館の主──リリマリ伯爵夫人が近寄ってきた。


 リリマリ伯爵夫人から包みを渡された騎士乙女は、一礼して門へと向かった。


 そこには、二人の騎士が待っていた。


 一人の老騎士は、“騎士の鏡„と詠われ、もう一人の騎士は、“騎士の誇り„と詠われている、帝国で十指に入る聖騎士だった。


「──あ、見て見て! ルシュカートさまよ!」


「え!? どこですの!」


「ほら、門のところよ」


 窓辺にいた砂糖菓子の声に他の砂糖菓子どもが集まってきた。


「いつ見てもルシュカートさまって素敵よね~」


「ええ。もう少し早く生まれていたら絶対ものにしていましたのに!」


「まぁ、ものにするだなんて下品ですわよ」


「あ~ら、フリブ伯爵夫人がお亡くなりになったときに後妻でも構わないといった方とは思えませんわ~」


 ──反吐へどが出るっ!


 公女としてはあるまじき暴言だが、あんな腐れたことを聞かされて笑っていられる程自分の精神は腐ってはいなかった。


「私もあんな騎士が欲しいわ~」


 一人の砂糖菓子が甘い声で囁いた。


「私も欲しいですわ。うちの騎士といったら無粋者ばかり。若い騎士が入ったと思ったら品もなければ顔も良くないんですもの」


「うちもよ。まったく、どうしてあんな不細工しか入ってこないのかしら!」


 もはや限界と、公女はその場から逃げ出した。


 そのまま外へと飛び出し、誰もこない裏庭へとやってきた。


 しばらく池を見詰めていた公女は、横にあった石椅子をおもいっきり蹴りつけた。


 もの凄く痛かったが、この猛る怒りを静めてくれるのなら喜んで受け入れところだ。


「……ふぅ~。私もまだまだ修行が足りないわね……」


 あのくらい軽く流せないようではドロドロした社交界には踏み入れられないか。


「……騎士、かぁ……」


 思えば自分にも騎士はいなかった。


 いや、護衛の騎士は何人もいる。館に戻れば帝都勤務の騎士が何百人といる。たが、それは父の騎士であり、父に忠誠を誓っている。


「……父に忠誠を誓った騎士、ね……」


 どんな腐った言葉を聞いても崩さなかった公女の微笑みが会心の笑みに変わった。


 いや、他の者が見たら公女は微笑んでいる。それ程変化は見て取れないだろう。だが、公女は自分の心を顔に出していた。我慢できずに笑みを溢してしまったのだ。


「うふふ。こうしてはいられないわ」


 従姉妹たちのもとへと駆け出し、先に帰ることを告げ、父のもとへと飛空船を飛ばした。


「ふふ。早く会いたいものだわ。レミア・オゼス・ルクアートの騎士さん」


 船窓から見える帝都を見下ろしながら公女は未来に心を飛ばした。

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