エピソード3 addiction
インターホンの音が聞こえた時、心臓が跳ねた感覚があった。
少しだけフリーズした後、恐る恐る立ち上がり玄関に向かう。
ゆっくりと開けると、どうしてか久しぶりに感じる凛華の可愛らしい微笑みがあった。
………私の顔を見る寸前、暗い顔してた…?
「おはよう、白雪。家でかいんだな…。てか私服見るの久々……」
気の所為だろうか、少しだけ隈があるものの、いつも通りの凛華がそう言って私の頭から足先まで視線を流した。
「……入りなよ、ボーッとしてないで」
「あぁ、ごめん。なんか本当に久しぶりに声を聞いた気がする」
「私も、会話するの二週間ぶりくらいな気がするな…。なんでだろうね?」
私がそう言って拗ねるように部屋に戻るフリをする。
チラッと後ろを見ると、凛華はかなり申し訳無さそうな表情をしていた。
「何その顔?」
「…いや…。ごめん、白雪に皮肉めいた言い方されるとは思ってなかった」
「私も結構嫉妬深いからね」
「……皆が皆そうだと俺も困るんだけど」
「ならきっちり一人に絞って『この人以外に愛しません』とでも言えば?そうやってる間は誰も寄って来なかった実績あるんだし」
「…マジで怒ってる?」
正直に言うと、こうやって来てくれただけで満足してる気持ちはある。
それはそうと、あまり凛華をいじめる機会もないので少しだけ嗜虐心みたいな物を感じてるのは否めない。
「言ったでしょ嫉妬深いだけだって。別に、凛華が私に構わないと行けない義務はないでしょ。付き合ってる訳でもないんだし」
「…いや怒ってるよな…?」
「そう思うなら、一回は振ってる女の子のご機嫌取りしてみる?」
かなり性格の悪い事を言っている自覚はある。
飽くまでも周囲の噂を聞く限りだが、凛華は本格的に遥香と向き合っていく事を決めたのだと思う。
あれだけ椿の日陰に居た子が、かなり必死になって凛華を振り向かせようとしていたんだから。
彼だっていい加減に応えてあげようと思ったのだろう。
凛華にとっても、何より大事な存在なのは確かだから。
「早く入りなって」
「…うん」
…あんまり追い込むつもりは無いんだけど。
そんな反応されたら、ちょっと気を惹けている様な気がしてしまうから止めてほしい。
だからこっちが諦め切れないんだよ。
「………リビング広いな…」
「5人家族なのに、ほぼ毎日一人。そこのソファに座って。」
「あ、うん…。てか、5人家族だっけ?」
「私と兄と両親、あと母方のお婆さん。兄はどこ行ってんのか知らないけど、両親は仕事で別々に単身赴任してる。私一人で介護しようがないから、お婆さんは施設。偶に様子見に行くくらいだけど」
「……寂しくないか、それ?」
そう聞かれて、彼の前に紅茶を置いてから正面の席に座って、少し考えるふりをしてから答えた。
「最近はずっと寂しかったな。誰かさん達が構ってくれないから」
「…言ってくれれば…」
「今までは何も無くても一緒に居たけどね。でも、二人にとっては今の方が幸せなんでしょ?私はそれで良いと思うよ?」
凛華は複雑そうに表情を歪めた。
前までも、椿の事で悩んでいた時も良く似た表情をしていた時がある。
決して同じではないが、少しだけ似た立場になってるような気がして、何となく気付いてしまった。
…自分が凛華にこんな顔させてるんだって思うと、凄く変な気持ちになる…。
椿もこんな気持ちだったのかな、なんて思いながら私は頬を緩めた。
「冗談、本気にしないで」
「………冗談に聞こえなかったんだけど」
「なら、心当たりがあるって事」
「…因みにどうしたら機嫌直る?」
凛華の顔は真剣そのものだった。
「さっき言ってた機嫌取りの話?それなら……そうだな、今日一日私の言う事聞いてくれるなら良いよ」
「…女装じゃねえだろうな…?」
「それ私の機嫌取りじゃなくて、凛華への罰ゲームでしょ…」
私がそう言って、凛華は小さくため息を吐いて、突然スマホを取り出して誰かに通話をかけ始めた。
少し待っていると、凛華はかなり衝撃的な事を口走った。
「あぁ、遥香?悪いんだけど、俺今日白雪の家に泊まるから……」
『はあ!?』
電話越しでも聞こえてくる絶叫、それはどう聞いても彼の妹のそれではなくて……如月さんの声だった。
…あの二人本当に仲良いな…。
「あれ?俺、遥香に電話しなかったか…?」
『そうですけど!白雪先輩の家に泊まるとかどんな思考してたらそうなるんですか!?』
「……まあ、そういう事だから」
『じゃあ、私達は雫のところ行こっか』
『あ、それは行く…。けど!』
『兄さんだし、大丈夫』
『そんな…雑な──…』
「あ…切れた」
「凛華…本気で言ってる?」
私は良いなんて一言も言ってない。
まさかそんな事を言われるなんて思っても見なかったし。
「嫌?」
「…ねえ、それはずるいでしょ…。嫌なわけないじゃん……」
「何でも言う事聞くのは無理だから、今日一日は一緒に居るよ」
……ん?
ちょっと……凛華震えてる?気の所為…かな。
それは良い、それよりも問題がある。
「…あの人帰って来るかも知れないけど」
「あの人…って、あぁ、白雪のお兄さん?別に良いでしょ」
「私は会わせたくないんだけど…」
「じゃあその時は白雪の寝室にでも逃げ込むか」
「……凛華には、そこまで私に固執する理由ないでしょ。別に嫉妬してたって、機嫌が悪くたって」
彼が私に心から向き合ってくれているのは嬉しい。嬉しいけど、別に私に向き合う必要なんて無いんだから放っとけば良いじゃんとも思う。
出掛けたいと言い出したのは私だし、ちょっと機嫌取りしてくれないかな…と期待してたのも事実だ。
でも、凛華にはそこまでする理由が無いでしょ、だって私のことなんて放置してても幸せそうなんだから。
「…白雪が寛容なのに甘えてんのは認めるよ。俺のやってることって割と最低な部類だと思うし」
一瞬、やっぱりいつもと様子が違う気がした。
「……そんな事言ってないでしょ」
それはお互いに納得してるんだから。
他の誰かに、何を言われようと。凛華が親友という立場を変えたくないと言うのなら、私はそれでも良いと思っている。
……それなのに……。
「正直に、白状すると…さ」
凛華は、急にそう言って視線を逸らした。
「ごめん……しばらく、白雪に話しかけないようにしてた…。というか、話しかけられなかった」
そう言われて、彼を咎めるでもなく悲しむでもなく、真っ先に「どうして凛華にそんな行動をさせる事になったのか…」と思考を巡らせた。
凛華は目を泳がせ、視線は逸らされたままで、気不味そうに…不安そうに話を続けた。
「遥香が少し前に、白雪と椿が話してるのを見たって言ってたんだ。だから…ちょっと気になって、一回白雪のこと尾行した。小夜さんの実家に行ってるの見たよ」
小夜さん…椿のお母さんの事だ。
確かに私は何度か、椿の家にまで会いに行った事がある。今後もそうするつもりだったし。
「………それ見て、急に白雪の事信じられなくなった。なに考えてんのか分かんないのは前からだけど、本当に何がしたいのか分かんなくて、怖くなったんだよ…」
若干だが、凛華の声が震えている。椿が見たのも、こんな表情だったんだろうか。
「…なあ、俺に告白して来たのって何だったんだよ?なんで今になって椿の肩を持ってんの?」
数分前とは打って変わって、不安定で余裕のない揺れる瞳。
体の芯が熱くなってくるような気がした。
「白雪は椿みたいにはならないでくれよ?」
言葉の真意は分からないけど…彼女が見たのも、こんな光景なのだろうか。
顔立ち、表情、仕草、声、言葉遣い。
そのすべてが心の奥底にある、黒い部分をくすぐってくる様な感覚があった。
分かった気がする。椿はこうなったんだろうなって。こんな姿を見たせいで、行動が激化したんだろうなって。
……凛華にとって、私って価値があるんだ。自分の日常に私という存在が居て欲しいと思ってるんだ。
椿みたいに、自分にとっての大切な人じゃなくなるのが怖いんだ。
……どうしよう、凄く…。
…凄く、ゾクゾクする…。
☆あとがき
…正直、この先の話は書くつもり無かったんですよ。そのうち設定として置いとくだけのつもりでした。
でも、自分で物語を読み直してる内に書いた方が良いな…って思った次第です。
設定作ったの自分だけど、この辺は深堀りすると曇る奴が居るんで……。
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