第84話 ネオンライト

 早朝、一つの別れに立ち会うことになった。


「お世話になりました、千隼さん」

「いいえ、こちらこそ。二人と仲良くしてくれてありがとう。日本に戻ってくることがあったら、いつでも訪ねてね…私達は歓迎するから」

「はい!ありがとうございます!」


 別れを惜しむ母さんと、挨拶は済ませたと言わんばかりに一歩引いている遥香。


「みんなには挨拶したのか?」

「はい、学校で」

「そっか、まあ…なんだろ、俺から言える事ってあんまり無いんだけど…」


 そもそもの原因が俺と椿だし…。


「先輩の言葉は大丈夫です。優しいこと言われると離れられなくなっちゃうので、その代わりに…」

「キスとか言うなよ?」

「千隼さんの前でそんなこと言いませんよ!ハグして下さい。力強くぎゅって」

「はいはい」


 少しだけ手を引いて体を寄せ、言われた通りしっかりと抱き締めた。

 少しの間抱き合うと、小さな声で耳打ちしてきた。


「…ありがとうございました、思い出づくりに付き合ってくれて…。私のことは気にしないで、ちゃんと遥香達と向き合って下さい」

「なら、その前にちゃんと…君の想いも伝えてくれよ。余所行きじゃなくてさ」


 優しく囁くと、祢音の抱きしめる力が強くなった。


「……皆と離れたくないです。先輩とずっと一緒に居たいです…。それも全部…」

「…俺の事は好き勝手言ってくれて構わないけど、椿に恨み言は言わないで欲しい」

「なんで……ですか?」

「腐っても幼馴染みだからな。君には彼女を悪く言ってほしくない」

「……分かりました。じゃあ代わりに、あっちでは先輩のあること無いこと好き勝手言いますね」

「無いことは言わないで…」


 小さく笑って、祢音は一歩下がった。

 少し赤くなった目元に浮かべた涙を拭いて、丁度来た迎えの車に乗り込む。


 彼女が最後に見せた表情は満面の笑顔だった。


 窓の奥から手を振る彼女を見送ると……母さんは大きくため息を吐いてから「少し寂しくなるわね」とだけ呟いて家に戻った。


 追って戻ろうとした時、遥香が俺の背中に張り付いた。


「遥香、あんまり引きずるなよ…祢音がせっかく笑顔で行ってくれたんだからな」

「……………うん」


 ここ最近はとくに一緒に居た時間が長かった遥香にとって、この別れはとても大きいんだろう。

 勿論俺にとっても辛いことではあるけど、どちらかと言うと祢音に心残りを作ってしまった事のほうが申し訳ないと思っている。


 せめてもう少しだけ恋人らしいことしてあげたかったな。

 時期も悪かったから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど…それは言い訳だな。


「遥香。今度、文化祭終わったら二人でどっか行くか?」

「…ん」


 遥香の手を握って部屋に戻る。

 一つの区切りがついた気がしたのに、モヤモヤと心の中に残る何かが消えなかい。


 チカチカと点滅するように、住宅街に太陽が登って行った。

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