第56話 言い回し

 一週間ぶりくらいに戻って来た文化祭に向けた練習、キャストの集まる教室に入った。


「おはよ…って、あれ?なんで祢音が居んの?」


 振り向いた美少女とは目線の高さが全く同じで、正面を見るだけでピッタリと視線が交差した。


「おはようございます、凛華先輩。少し中島先輩に用があって…」

「ああ、後輩と話すだけなのに無駄に緊張してる大島か」

「おい!?気付いたって言わなくて良いだろ!」

「えっ…と…?」


 おっと、中島とのほんの少しのやりとりだけで混乱させてしまった。

 明らかに名前間違ってるのに皆スルーしてるから変だよな。

 しかも先輩が自分と話してるだけで緊張してるとか言われても意味分からないだろうに。


「まあ良いよ、それよりなんで二年教室に?」

「中島先輩と委員会の話を」


 中島って何委員だっけなぁ…。ああ、そうだ。


「…ん、美化委員って夏休み中も活動してんの?」

「してますよ、これだけ生徒が使ってるんですから」

「…言われてみると確かにそうか…」

「ところでこのクラスは、何をやるんですか?」

「それは本番の日まで内緒…の方が良いんだっけ?」


 丁度教室に入ってきた奥村さんに問いかけると、自分に質問が来るとは思ってなかったのか大分反応が遅れてからコクコクと頷いた。


「だってさ、今日は内緒ってことで」

「そうですか。じゃあ早めに立ち去った方が良いですよね」

「まだ話あるんなら、大島…じゃない、中島君のこと連れていけば?今日はそんなに用ないんだし」


 奥村の少し後ろから教室に入ってきた白雪…美咲が、通り過ぎながらそう言った。

 確かに中島こいつ、裏方だから今日は別に居なくても同じなんだよな。

 一応作成中の衣装と舞台道具の確認もしてるらしいからそれで来てるだろうけど。


「ちょっ…言い方冷たくね?」

「大丈夫です。私も用は済んでますし、自分のクラスでやることあるので失礼します」

「そっか、じゃあまた」


 祢音は丁寧に一礼して教室を離れていった。

 その後すぐに尻ポケットのスマホが鳴ったので確認すると、出ていったばかりの祢音から「偶には二人だけで、お昼ご一緒どうですか?」とのお誘いが来た。


 …今日午後まで居る予定なんだよな、校内でいいならいつもの空き教室行くか。



 ◆◆◆



「はぁ…。この後は……馬小屋の掃除をしなきゃ」


 言いながら、視線をドレスの着付けをしている姉役の女子生徒の方へ。

 少し間を置いてほうきを胸に抱く仕草をする。


「…私も、あんなドレスを着てみたいなぁ…」


「はーい、一旦カット!…やっぱりこのクラスの誰よりも女子力高いね」

「いや、演技だからな?」

「『私』って一人称も板に付いてきたし…台詞の言い回しは完璧だし、絶対に才能あるよね」


 曰く、奥村さんは中学生の頃少しの間だが演劇のスクールにいた事があるそうで…基礎知識はあるらしい。

 一人一人の練習もそうだが、流石に高校生なだけあって一度注意されればある程度改善されるし、そんな奥村さんの指導と時間をかけた甲斐もあってかここ数回の練習では素人目に見ても、やっていても上達が分かる。


 一応今こうして皆の演技を見ても、「見れる」様にはなってきた。


 当事者としてはあんまり分からないが俺は今のところ「流石主演に選ばれただけはある」という評価らしい。

 主演は勝手に選ばれたんだけどね?真面目にやってるけども。


 ふと、教室の端で衣装の確認をしていた瑠衣がこっちに来た。


「凛華、一緒に食堂行く?」

「いや、先約あるから」

「そっか、じゃあ二番手の中島君〜」

「二番手とか言うなって!」


 そんな感じで午前中の練習が終わって、俺はこっそりと教室を移動した。


 空き教室でしばらく待っていると、何故かちょっと汗をかいて疲れた様子で祢音が入ってきた。


「……すみません、誘ったくせに遅れてしまって」

「いや、別に時間決めた訳じゃないし、遅れたとか思ってないんだけど…。なんでそんな疲れてんの?」

「ちょっと……色々あって走ってました」


 あまり学校で走る機会って無いと思うんだが、クラス内で何か問題でもあったのか。

 そっちは俺が気にする事でもないだろうから、今は目の前の美少女を気にかける。


 取り敢えずハンカチを祢音の額に押し当てると、彼女は少し目を丸くした。


「なんだよ?」

「いや……可愛い柄のハンカチ使ってますね」

「ああ…俺のじゃねえからな、これ」


 ハンカチはそのまま使わせて、彼女の分の席も出す。


「遥香のですか?」

「家出る前にあ、忘れた…とか思ってたら急に渡された」

「本格的にエスパーですねそれ」

「いや、ポケットに手入れたら多かったらしい」

「流石にそうですか…。洗って返します」

「なら俺じゃなくて遥香に返して、そっちの方が機会あるでしょ」

「分かりました」


 少し落ち着いた様で座ってから少し水を飲んでホッと息をついた。


「んで、どうしたんだ?」

「はい?普通に話したいなと思って」


 最近女の子からの好感度が限界突破しつつあるから、こういう事言われると「まさかこいつもか?」とか変な勘ぐりをしてしまう。


 流石に祢音はそうならないか、ちゃんと流してくれるでしょ。


「…それあれだな、口説かれてる感じするな」

「口説くならもっと上手い言い回ししますよ」

「へえ、例えば?」


 何となく無茶振りな気もするが聞いてみたら、祢音はノリノリでニコッと柔らかな笑みを作った。


「最近私以外の女の子ばっかり相手にしてるんだから、偶には独り占めしたいなと思ったんです……とか」

「………」


 ちょっとニヤけてしまって、思わず顔を背けた。

 何言われるのかな…と思ってたら、びっくりする位可愛いし、俺から話ふったのに照れてしまった。


「せめて何か言って下さいよ」

「……百二十点だな」

「お気に召しましたか、意外にこういうシチュエーション好きなんですね」

「君の破壊力が高いだけだと思うけどな」


 あまり表情が変わらないスレンダー美少女の笑顔ってだけで破壊力高いのにな。

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