第二十七話 軍港

 九重が校舎前広場に到着した頃には、ソラは捕まっていた。十分に時間は稼げていたし、ソラは元々捕まるつもりだった。


 ソラが掻き回しているうちに逃げ果せた者もかなりいた。松浦は流血の惨事は避けるつもりだったようだ。どこかで広報用のビデオカメラでも回っているのかもしれない。ライトヒューマンソサイエティは無血で銀機高を占拠、敵性異星人を人道的に排除した、などと喧伝するために。


 運悪く武装生徒の近くにいて早々に列に並ばされてしまったのはソラを含め三十四人。ルーマン十人、バーナード四人。ケンタウリ二十人。それぞれ別に集められていた。


 ソラが観念した素振りで両手を挙げると、追いかけていた武装生徒二人は散々追いかけさせられた腹いせに暴力を振るうでもなく、どこか無気力な様子でリーダーの松浦の前にソラを連行した。


 松浦はソラのタテ長耳を乱暴に掴んだ。


「ちょっと、痛いんだけど!」


 ソラが大げさに痛がって見せた。だが、松浦には気にするそぶりもない。


「連絡では人間とあったが、生徒名簿ではケンタウリ人となっているな。関川さんが見間違えたか? いや、見間違いではないだろうな、さすがに。となると登録間違いか」


 松浦はたいして興味もなさそうにつぶやくと、ソラの耳を離した。


 それから、松浦はソラを蹴り倒した。ソラは腹部を蹴られ、文字通り吹っ飛んだ。


「ともあれ、きさまのせいで目標の人数に届かないかもしれん。快適な捕虜生活など期待するなよ」


 そう松浦は吐き捨てるように言うと、武装生徒に指示し、ソラを列の後ろに並ばせた。ソラは息をするのも辛そうな様子で、武装生徒に小突かれながらヨタヨタと列に加わった。


「大丈夫?」


 小声で気遣ってきたのは、前に並んでいる女子生徒だった。さっき抵抗の声を上げて松浦に頬をはられた生徒だった。その頬は腫れ上がっていた。


「ぜんぜん大丈夫。ぜんぶ演技だから」


 眉をしかめながら苦しそうに声を絞り出しているソラは、まったく大丈夫そうには見えなかった。


「……わたしはカウンセラー科二年の女池ロナ。あなたは?」


 ロナは心配そうにソラを見た。


「わたしはプリンセス科一年のソラ。あなたこそ、大丈夫?」


 ロナはぶんぶん手を振った。


「いやいやいや、あなたのがやばいでしょ。吹っ飛んでたし。ってプリンセス科? マジ?」

「そうだよ。で、ロナって呼んでいい?」

「こんな状況でグイグイ来るとはね。まあ、いいわ。プリンセス科の知り合いなんてレアだし」


 そう言うと、ロナはまじまじとソラを見た。


「リギルの王女がプリンセス科だとはネットの噂で聞いたけど。あなたもとはね。まあ、ふつうではなさそうだけど」

「わかる?」

「そりゃ、銃持った相手をあそこまで煽るなんて正気じゃないわ」

「ロナも抗議してたじゃん」

「わたしは言うべきことを言っただけ。あなたは笑いながら追いかけっこしてたじゃない」

「あはは。バレてた?」


 ソラは悪びれもしない。


「まあ、あなたのおかげでかなりの生徒たちが逃げられたみたいだけど。連中が銃をぶっ放さなかったのは幸運だったわ。わたしたちこれからどうなるんだろうね。あいつの頭のなかはなぜか恐怖でいっぱいだし。わたしらが恐怖でいっぱいならまだわかるんだけど」


 そう言うと、ロナは松浦の方を目で示した。松浦は携帯端末にかかりきりだ。捕虜の人数と内訳、またソラの確保でも報告しているのだろう。ソラが人間だという「誤報」についても報告しているはずだ。


「へーえ。ケンタウリ人て誰の感情かまでわかるんだー」


 ソラは目を輝かせた。


「誰か、じゃないわね。どこから、よ。訓練次第であなたもできるはず。まあ、わたしほどの才能があればだけど……って、あなたもケンタウリ人だよね?」

「そうだった」


 ソラはわざとらしく舌を出した。


「そこ! うるさいぞ!」


 松浦が携帯端末をしまうと、ロナとソラのほうに向かってきた。


「おまえら二人、とくにうるさいな。来い」

「うるさい生徒が先生の近くの席に座らされりみたいな?」


 ソラが挑発しても、松浦はもう反応しなかった。


「ケンタウリ人はこっちのシャトルだ」


 松浦は静かにそう言うと、騒ぎのうちにいつのまにか乗り場に停泊していた三台のシャトルのうちの一つを指し示した。


「今度、妙なマネをしたら撃つ」

「はいはーい」


 元気よく返事して、ロナを追い越しシャトルに駆け込むソラ。


 シャトルの中には数人の武装生徒がおり、ソラに座席の一つを指し示した。


 すぐにロナたちも入ってきた。松浦が最後に乗り込み、シャトルはどこかに向けて発進した。


 シャトルの中では、捕虜たちは分散させらており、誰かと誰かがひそひそしゃべることのできるような状況ではなかった。


 無言のうちにシャトルは飛んだ。





 しばらくして、シャトルは止まった。ソラたちが武装生徒の指示するままにシャトルを降りると、そこは見知らぬ宇宙港だった。


 松浦がまたどこかと連絡をとっている隙にソラはロナに話しかけた。


「ねえ、ここってコリーナムだよね? なんでこの宇宙港にはだれもいないの?」

「え? コリーナムなの? コリーナムにはシャトル乗り場しかないと思ってたわ」


 シャトル乗り場には小型のシャトルが何台か停まるスペースしかないが、宇宙港には大きな星間宇宙船が何隻も停泊できる広さがある。


 実際、今、ソラたちがいるところは宇宙港らしく、一隻の巨大な宇宙船が停泊していた。


「おっきな船だねー。そっかー、コリーナムの宇宙港はふつうの人は使わないんだね」


 ロナはその宇宙船を見上げた。星間旅客船の十倍以上はありそうだった。


「軍港だとしたら、そりゃ一般人には使えないわよね」


 その宇宙船は宇宙戦艦だった。

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