第二十五話 解放
迷彩装置を作動させるよう九重に指示すると、ニココは自分のも作動させた。いっしゅんで、光を屈折させ不可視化する力場が二人の周辺だけに展開される。
ニココは負傷者を抱え廊下を進む武装生徒たちの背後にまわった。九重はおそるおそるついていく。ニココの姿も見えないが、武装生徒の一隊についていけばいいだけだ。もし勢い込んで突入していたらこの回収部隊に正面からぶつかっていただろう。ニココはこの部隊の動くタイミングを見計らっていたのだ。
「やっぱトロいねー。何人か自分で歩けるくらい回復したからなんとかなってるけど、最悪、まさか一人ずつ負傷者を背負うつもりだったのかなー。だったらウケるわー。催眠術かけられててもありえねー」
ニココは回収部隊の後ろ姿を見ながら小声で可笑しそうにつぶやいた。九重には声だけが聞こえる。
「そのおかげでかんたんに侵入できそうだけど」
とはいえ、九重はそんなにかんたんには思えなかった。
実際、武装生徒たちはぼんやりしてるようにみえるがリーダーは別だ。回収部隊のリーダーらしき生徒も、シャトル乗り場を占拠した松浦と同様に指示を出し、動きの悪い他の生徒をときに叱咤している。
だが、動きの悪い生徒の尻を叩いているせいか、後ろへの警戒は怠られていた。ニココに言わせれば、こういうところが素人なのだ。
ニココは一度潜入していたし、元々、校舎含め学校敷地のマップは頭に入れていた。だが、校舎内のマップに不慣れな九重はニココについていくだけだ。ニココはいっしゅんだけ迷彩装置をオフにして回収部隊の行き先とは違う廊下を指し示した。
ほどなく、廊下の先に開け放たれた扉が見えてきた。その先に大講堂はあった。
大講堂は教室のある講義棟から少し離れたところにある。二階建てになっており、一階の入り口には五人の武装生徒が展開していた。
ニココは迷彩装置をオフにし、九重にもそうするよう手振りで指示した。そして、正面を避け側面に回り込んだ。油断しているのか側面には誰もいない。いや、人員が不足しているのだ。
ニココの初回突入時に無力化したのが三十人。ニココいわくそれが校舎・大講堂占拠部隊の半数。あとから出てきてニココを捕らえそうになったが九重のパイロキネシスで無力化されたのが十人。回収部隊が十人。すると、今、大講堂にいるのが残りの十人だ。
ニココは巨体を軽やかに跳躍させると、二階の張り出し部分に取り付き、瞬く間に二階に上がってしまった。それから屈み込み、手を九重の方に伸ばす。一連の動作はほとんど無音だった。
九重はその手を取った。すると、ニココはまるで大きめの人形を抱え込むように九重を抱き上げると無言で微笑んだ。九重は真っ赤になった。
「ほら。中が見えるよ」
そう言うと、ニココは張り出し部分にある窓からなかを覗き込んだ。九重もそれに続く。
中には、タテ耳長人たちが十七、八人ほど座らされていた。周囲には武装生徒たちが五人。うち一人はリーダーだろう、少し離れたところでどこかと連絡をとっている。
「あらー。バーナードの連中は別の場所だったかー」
ニココが悔しそうにつぶやいた。
と同時に、どこかで爆発するような音が聞こえた。
「本部棟のほうかな」
ニココの人間よりもはるかに優れた聴覚は正確に場所を判別していた。
九重は心を決めた。
「ニココ、そっちに行きなよ。たぶん、バーナードの人たちはそこだよ。シャトル乗り場から本部に向かった武装生徒たちがいたけど、たぶんバーナード人の監視部隊の応援だったんじゃないかな」
ニココは九重を見つめた。その顔は不安と期待を含んでいた。
「一人で大丈夫?」
「ここにはこの一部隊だけだと思う。でも本部にはどれだけの戦力が割かれているかわからない。そこにバーナード人が捕われてるなら急がないと。バーナード人が全滅したらニココの計画も終わりだろ。だから早く!」
九重はまるで自分が自分でないような感覚だった。ほかに選択肢がない、その状況が九重の腹を括らせた。
「わかった。ここは九重に任せるよ」
そう言うが早いかニココは九重を抱き締めた。九重は肺が潰され窒息しそうになった。
そしてニココは軽やかに一階に飛び降りると、振り向きもせず瞬く間に目の前から消えた。それは、単騎で三十人の武装生徒を無力化したのも当然に思える神速だった。
九重の仕事はシンプルだった。大講堂守備部隊の武装を無力化し、大講堂の中のケンタウリ人約二十を解放する。と同時に、周辺のどこかにいるさっきの回収部隊を探し出し対応する。
階下の入り口に展開している武装生徒五人を見る。念じてみても、何も起こらない。まだコントロールするに至っていないのか、九重は深くため息をついた。
九重が今度は窓から大講堂に閉じ込められているケンタウリ人を見ると、何人かは抵抗したのか衣服に乱れがある。
捕虜の虐待はまだ行われていないようではあったが、暴行がまったく行われていないというのでもなかった。
さっきまでどこかと連絡をとっていたリーダーと思しき武装生徒は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、やおら女子生徒に近づき、その制服を引き裂いた。その女子生徒は短く声を上げた。それを見てリーダーは下卑た笑みを浮かべた。他の武装生徒は止めるでもなく、ぼんやりと見ているだけだ。他の捕虜は目を伏せている。
学校がテロの標的から除外されなければならない必然性はない。むしろ、ある国家や社会に対して効果的に暴力を振るうには、その国家や社会の将来の人材に対して暴力を振るうのが効率的な嫌がらせになる。
地球のテロ集団が地球政府を追い込んでケンタウリと戦争させようとしている。銀機の幹部でもある校長の企みとはいえ、それは銀河機構の現在の秩序への挑戦ととられるだろう。挑戦、といったところで目の前にあるのは暴力の被害者でしかない。つい昨日までは入学に心躍らせていた同期生だ。そう思うと、九重の心はやり場のない怒りでいっぱいになった。
いや、九重の場合、やり場はあった。
九重は眼下の五人の主要な武装、ライフルとシールドに意識を集中した。
すると、ほどなくして武装生徒たちの様子がおかしくなった。慌ててライフルとシールドを捨てる。リーダーも同じだ。玄関前での出来事が再現された。
パイロキネシスの発動が早くなっていた。
タイミングを逃してはならない。九重は窓を割って注意を引きつけ、捕虜たちに向かって叫んだ。
「あいつらを取り押さえろ!」
そして、迷彩装置をオンにし、今度は振り向いて入り口に展開する五人を視界に収めると、同様にパイロキネシスを発動した。その五人も、武装を取り落とした。
すぐに大講堂は乱闘のていとなった。捕虜の数は敵の約二倍。回収部隊が騒ぎを聞きつけてくれば、九重がまたパイロキネシスで武装を無力化するだけだ。
数分後、大勢が捕虜の勝利で決したころ、回収部隊がやってきた。
いや、回収部隊だけではない。回復したばかりの負傷兵も駆り出されていた。
予想外の人数に九重の集中力が乱れた。一人の武装生徒のライフルが捕虜たちに向けられる。広範囲攻撃だ。一発でも発射されれば捕虜たちのそれまでの優位は一気に覆る。銃器とはそのようなものだ。
九重がそのライフルに意識を集中しようとしたそのとき、その武装生徒は急に身体中の力が抜けたようにくずおれた。
次々とたおれる武装生徒。
ほどなくその場の武装生徒はみな倒れ伏した。
「これで大丈夫ですわ。同胞たち。お怪我はありませんこと?」
メイフェアが大講堂の入り口から堂々と歩み出た。
「メイフェアさま!」
捕虜たちから次々に歓声が上がった。
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