第十四話 押しかけ保護対象
放課後。九重の初日パイロット科実技成績は結局最下位。評価にはまだ関わらないとはいえ、九重にはいささかショックだ。メイフェアは最後から二番目。エトアルは十位内を危なげなくキープ。もっともメイフェアもエトアルもパイロット科の授業が終わると同時に教室から消えてしまっていた。何かで忙しいのは間違いなさそうだった。
「女子寮まで付いてくる気か?」
スカート姿の九重は隣を何食わぬ顔で歩いている小坂に聞いた。どちらかというと、別に男子禁制でない女子寮にふつうの男子用制服の男子が出入りするより、スカート姿の男子が当たり前のように女子寮に出入りするほうがおかしい。だが、小坂は九重の奇態など一向に気にならないらしい。最初に目にしたときに訳知り顔で頷いただけだ。
「だって、もう一人のプリンセス科の女の子のところに行くんでしょ。会ってみたいな」
小坂はさわやかに言ってのけた。九重は、なんとなくニココに小坂を会わせたくなかった。
「うーん、小坂くんはニココちゃんとは初対面だし、いきなり部屋に行くのはやめとこっか」
ソラが珍しく他人に気を遣うようなことを言った。能天気そうなソラにそう言われ、小坂は肩をすくめて苦笑した。
「そりゃそっか」
ニココ以外のプリンセス科の生徒を目の当たりにした小坂が残りの一人を気にしたとしても、わからなくはない。だが、いささか性急すぎるように九重は感じた。
「じゃあ、またね。布川くん、ソラさん」
それでも小坂はネモローサ寮の前までついてくると、ようやく離れた。ネモローサ寮は寮生の同伴者であれば性別に関係なく出入り可能だ。
「アイツ、女子寮に入りたがってたな」
九重は呆れた。
「オトコの子ってそんなもんじゃないのー」
ソラは気にしていないようだ。九重には小坂は厚かましいように思えた。だが、それは小坂が女子慣れしているというだけなのかもしれなかった。
「ニココの居場所にアテはあるのか」
そんなことより目下の懸案はニココだ。
「ニココちゃんの部屋に決まってんじゃん。欠席したって、いなくなったわけじゃないっしょー」
ソラはけろりと言ってのけた。九重のように拉致監禁などといった物騒な発想はないようだ。
辺りの人工照明は次第に夕方を演出していた。地球近辺にある衛星は地球時間を模すのがふつうで銀機高もその例に漏れない。
夕暮れのなか、九重とソラのIDがチェックされネモローサ寮のゲートが開いた。情報は匿名化され、何かあれば顕名化される仕組みだ。
「このゲートってちゃんと役に立つんだよね」
ソラがゲートをしげしげと眺めた。
「最初から不審者が中にいれば別だがな」
九重は毒入り封筒が同じ寮生と思しきパジャマ女子から手渡されたことを思い出していた。あの女子がヒントを持っているのは間違いない。だが、どう探せばよいのかわからない。少なくともパイロット科ではなさそうだった。
ニココの部屋は、九重やソラの部屋からかなり離れた区画にあった。だが、ソラは迷わなかった。下調べでもしていたのだろう。
ソラはなんの躊躇もなく呼び鈴を押した。
「ニココちゃーん。入るよー」
返事を待たずに入ろうとするソラ。扉はオートマティックに開閉する。
どうせ鍵がかかっている。そう九重が思ったのも束の間、ソラが扉に手をあてて何やらゴソゴソすると扉は開いた。
「セキュリティを外したのか!?」
「やだなあ。なんか詰まってただけだったよー」
オートドアの詰まりを除去しただけだというのだ。九重にはどうにも信じられない。不審そうな九重をよそに、ソラはニココの部屋に踏み込んだ。
ニココの部屋は、ニココ自身が言っていたように、ヒグマが動き回っても椅子やテーブルを壊さないで済むようなかなり余裕をもったつくりになっていた。
扉からすぐがリビング。そこからベッドルーム、シャワールーム、ウォークインクローゼットへと続く扉が並んでいる。バーナード人用のつくりと広さとはいえ、その構造はスタンダードからそんなに外れはしない。
部屋には荒らされた様子も争った形跡もなかった。リビングに置かれたテーブルのうえには人間の子どもくらいの大きさのクマのぬいぐるみが置いてある。クマのあたまはやたらと大きくアンバランスだ。地球の基準だとデフォルメされたクマのキャラクターに見えるが、バーナードではどうだか知れない。
九重がぬいぐるみに気をとられていると、ソラが部屋を歩き回り出した。
「ニココちゃーん。だいじょーぶ? 風邪ー?」
ソラがリビングの奥の扉に近づいた。その途端、扉が開き、制服を着た人影が飛び出してきた。スカートがはためいた。九重のような男子がスカートを履いている例は地球分校だとほかにない。女子だ。
次の瞬間、ソラは壁に見えない力で壁に押さえつけられた。九重があまりのことに言葉を失っていると「やめなよ」と声がした。開いた扉の奥からニココが出てきた。ニココは半裸だった。いや、パジャマ姿だった。
「黒川さん、保護対象が真っ先に突撃してどうするのー」
半裸のニココは深くため息をついた。
「それに、その子たちはわたしの友達なんだけどー」
「そ、そうか」
黒川さんと呼ばれたヨコ耳長人はバツが悪そうにつぶやいた。ソラが押さえつけられていた壁から解放された。
「んもー。心配して来たのにー」
ソラは憤慨したような声を出した。九重は心底安堵した。ニココの変わり果てた姿を見るかもしれない、と怯えていたのだ。
「ごめんごめん。この子、黒川リュンヌって言って、昨日の夜から保護対象なの。なんか狙われてるとか言っててー。追い返すのもアレだし、なんか必死だったから依頼受けちゃった」
ニココは出入り口の扉をチェックしつつソラに謝罪した。それから念入りに鍵をチェックして扉を閉めた。
「ところで鍵、どうやって開けたの?」
「鍵なんてかかってなかったよ。なんか詰まってただけだよ。わたしたちじゃなかったら大変だったよ」
ニココは不審そうにソラを見たが、ブフっと吹き出した。
「ま、いーわ。学校に連絡もできなくてさ。わたしがパッド触ってるあいだに黒川さんがやられたら信用なくなっちゃうし」
リュンヌは今度は怪しそうに九重を見た。
「この女装男も荻川さんのお友達なんですか」
ニココは苦笑せざるをえない。
「こんなでもプリンセス科のクラスメイトなんだよー。訳ありなんだよね? 布川くん」
「おれは布川九重だ。プリンセス科一年。なぜ男子で選ばれたかは知らない」
九重は「こんなでも」が気にかかるが、それどころではない。
「わたしは宇宙のソラだよー」
ニココが椅子に腰を下ろした。ニココはソラと九重を交互に見てからおもむろに口を開いた。
「さすがに一人だともたないな。あとで分け前あげるから、共同でこの依頼請け負わない?」
リュンヌが抗議の声を上げた。
「そんな! わたしは荻川だからあなたに依頼したんです。そんなふつうの女の子、いや、女装男になんて何ができるって言うんですか」
「いやー。そうなんだけどね。でも一人でずっと部屋に籠城するわけにもいかないよー。危険なことに友達を巻き込みたくはないんだけど、もうわたしらみんな危険かもしんないしー」
ニココは呆然と立ち尽くしている九重に椅子に座るよう促した。リュンヌは納得していない表情で椅子に座った。ソラは勝手にフードレプリケーターを操作しようとしていた。
「でもまあ、これだけの人数に情報が共有されちゃえば、かえって安全でしょ。黒川さんやわたしだけ消せば済むわけにはいかなくなるからさ。ま、そもそもわたしら全員ヤバいって話なんですけど」
ニココはそう言うと、ソラにレプリケーターから飲み物を出すように言った。
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