第21話 闇ダンジョン、滅ぶべし

 天界連合ダンジョン局・迷宮管理課の朝は、午前八時五〇分の朝礼に始まる。

 ピーター課長の掛け声で挨拶。その後軽く体操をした後で、各係長から業務連絡が伝えられ、最後に課長の締めくくりの一言を合図として、一日の業務がスタートする。


 ──その日の朝礼、回収係長ミカドの業務連絡が課員一同を震撼させた。


「おはようございます。昨日、故郷から酒が送られてきましてね。いつも頼んでるお手頃なやつかと思えば、びっくりするくらい上等な酒が何本も。いや〜ぶったまげたね、一体全体どうしちまったんだって」


 事務室のあちらこちらからクスクスと笑い声が上がる。ミカドは時々業務にまったく関係のないスピーチをすることがあるのだ。

 ……だが時々、この何ということもない世間話が、後に続くニュースの緩衝材代わりに使われることがある。


「えー、本題です。天界連合の地上環境局から『登録外迷宮と思しき建築物を地上に発見した』と通報がありました。調査係諸君のリサーチにより、当該迷宮を“ブラックリスト”No.3として扱うことに──」


「「ブラックリスト!?」」


 一同に動揺が走り、一斉にどよめいた。


「久しぶりに定時で帰れると思ったのに!」

「不正を許すな、何としても設置者見つけ出せ」

「そいつ管理課ウチに採用して忙殺させればいいのでは」

「嗚呼、天上の神よ! どうか我らの声を聞き届け給え! 罪なき我ら職員に心休まるひと時を、不正を働く者に天罰を!」

「アハハハハァ。ブラックリストだってよォ、ウフフ、みんな天上に召されちまいそうだぜ。ヒヒ、ヒハハ」

「フフ……終わった後、一体何人が生き残ってるか楽しみね……フフ……」


 否、もはや「どよめき」などでもない、膝から崩れ落ちる者、天を仰ぎ神の名を唱える者、叫ぶ者、罵る者、込み上げる笑いに諦観を滲ませる者……。

 一瞬にして地獄絵図、ここに顕現せり。


「はーい皆さーん、朝礼中ですよー」


 パンパンとミカドの手が打ち鳴らされた。各自絶望を体現した姿勢のまま、静けさだけ取り戻してミカドに視線を集めた。


「今のところ対処に行くのは三日後の予定なんで、急ぎの用がある人は早めに片付けること。俺に用がある人も先に済ませてね。みんなで乗り切ろう。以上です」

「ブラックリストは課全体で一丸となって取り組むべき案件です。ここにいる我々の力を合わせれば、乗り越えることなど容易いと私は思っています。普段以上にチームプレイを重んじましょう」


 ピーター課長が穏やかな声で励ましの言葉を皆に投げかけた。そしてニコリと微笑み、


「では皆さん。本日もよろしくお願いします」

「「よろしくお願いします!」」


 掛け声と共に事務室全体に覇気が、いや殺気が漲った。あちこちから「オルァ設置者見つけてぶん殴るぞ」「ブラックダンジョン滅ぶべし」と呪詛が聞こえる。堕天しないのだろうか。

 その様子を課長席から眺めるピーターはニコニコと微笑んでいた。


「共通の敵がいると、団結が強まって良いですね」

「課長、それカリスマ悪役のセリフ……」

「おや心外な。私はいつでも正義の味方ですよ。天使ですからね」

「そういうところ好きですよ。さて、俺はヒーローたちに激励の言葉でも送りましょうかね」


 ミカドが一声掛けると、回収係のメンバーが係長席へ集まった。

 ほぼ全員が死地へ赴く戦士のような顔つきをしている。


「ミカドさん。“ブラックリスト”とは何ですか?」


 約一名を除いては。

 新人エマが状況を理解できていないのも仕方がないことだ。「ブラックリスト」はそうそう出てくることはない案件で、No.3と振られた通り、これまでに発見した数も少ない。


「ダンジョン局に一切届け出ねえままに建てられた迷宮のことだよ。迷宮生物、遭遇率、トラップやギミック、設定瘴気濃度、ボスに至るまでまったく情報がねえ。しかもルールにきちんと則らない迷宮機能設定がされてる可能性もあるから、難易度が未知数なのよ。放っておくと、立ち入った人間たちや周辺環境に甚大な被害を及ぼしかねん。ブラックダンジョンは発見次第、管理課による可及的速やかな対処が求められるってわけだ」


 ミカドはエマが見てきた中で最高に“悪い”笑顔をしていた。「彼は悪魔です」と言われても信じてしまいそうな表情である。


「こういう案件は係長が直接対応すると決められてる。俺の他に二人ぐらい連れて行こうと思うが……ジョナさん、どうです? No.2の時も一緒に行って貰いましたが」


 ジョナさん、ことジョナサンは係最年長の天使だ。齢は七百歳(人間換算七十歳)。いっときは天使の名誉である「翼」を授けられたほどの人物で、現在は定年後再任用制度を利用して一般職員として働いている。最近孫ができた彼の携帯電話の待ち受けはキュートな赤ん坊の写真だ。

 閑話休題。ジョナさんは苦笑いで首を横に振った。


「いや、今回はよしておこう。ミカドさんの留守番をしているよ」

「たしかに本部が手薄になるのも考えものですね。じゃあ浄化チームから一人、攻撃系チームから一人、俺の方で選出して個別に確認しに行って決定する。……一応訊くけど、我こそはって人、いる?」


 ミカドの問い掛けに無言で返事が返された。「だよねー」とカラカラ笑うミカドは気にしていないようだ。


「了解。本件対応の関係で、当分は予定が変更になります。何を差し置いても本件が優先と決まってるんでね。朝礼でも言った通り、俺に用事のある人は早めに教えてね。それじゃあ今日もよろしく!」


 係長の一言でめいめい行動が開始される。

 チームを組んでダンジョンへ発ったり、棚から迷宮所有者一覧のファイルを取り出したり、作りかけの書類に取り掛かったり。


 そしてミカドは係長席で自分の日程表と睨めっこしていた。ブラックダンジョンへ向かうのは二日後。通常ダンジョンのように登記情報を基にした回収・封鎖業務が出来ない為、いちからダンジョン攻略をしに行くようなものだ。 

 攻略には早くて数時間、高難易度迷宮や広大な建築様式であった場合は何日もかかることもある。地上界と天界で時間の流れ方に大きな開きがあるとはいえ、天界をまる一日空けるかもしれない。


(調査係のリサーチは第一階層まで。瘴気濃度はCランクで中程度……)


 眉間に皺が寄るのを止められない。ダンジョン業務の何を行うにしても、以前のゴースト系迷宮での瘴気汚染異常のことが脳裏を過ぎる。


(俺一人なら気にせずいられる。だが迷宮は二人以上で向かうのが原則、これを捻じ曲げるわけにはいかねえ)


 どんなタイプの迷宮であっても対処可能なように、ミカドは慎重に人選を行なっていく。普段の勤務態度、対応してきた迷宮の型、能力……。


「ミカドさん。考え込んどるところにすまんね」


 係長席へやって来たのは、老いてなお総髪の白髪を誇るジョナさん。彼は今日、ダンジョン出向の予定はない。


「No.3の攻略メンバーの相談をと思ったんじゃが、今いいかい?」

「大歓迎。で、誰です? ――ああ。奇遇ですね、実は俺も同じことを考えてました」

「そろそろ挑戦させてもいい頃合いだ。ま、迷宮との相性もある、調整はミカドさんにお任せするよ」


 白髪の天使と黒髪の上司は互いに頷き合った。

 パズルの一ピースが埋まった人選は、その後スムーズに配置がされていったのであった。






 管理課の係長会議を経て、その日の午後。

 会議から戻ったミカドは回収係の面々を集めた。


「全員集まったー? いない人いる? では、ブラックダンジョン攻略隊メンバーを発表します。呼ばれた人は返事をしてください」


 全員の喉が鳴らされ、緊張感が駆け巡る。

 ミカドが手元のリストを読み上げた。


「まず迷宮潜入班から。俺、ルイ、ザハラ。以上三名」


 ザハラの喉から風笛のような音が鳴った。

 一方ルイは表情を変えず、一つ頷いたのみだ。

 それぞれの反応を窺った後で、ミカドは発表を続けた。


「では次、本部待機班。ジョナサン、パトリック、ソフィア、ウィリアム、マルス。以上五名」

「えっ」

「何だマルス、都合悪かったか?」


 思わずマルスが声を出すと、ミカドがリストから目を上げた。慌てて首を振った。


「いえ……何でも」

「そうかい。さて人選理由を説明する。今回の迷宮はアフリカ地域・エジプトの王墓“ピラミッド”と似たタイプでな、地上にも地下にも広がってるクソ面倒なダンジョンだ。なので、空間構造把握に比重を置いた」


 ザハラは風の天使。空気操術と魔力導線を読むのが得意で、応用すれば建築物のマッピングも可能である。

 準二級神語資格者のルイは、浄化や回復、防御など幅広く術を展開できるが、同じく資格者のパットとは違って、彼の得意とするところは神語を用いた解析術・データ収集能力にある。


「ダンジョン入りしたらまずマッピングに入る。戦闘と防御は俺が引き受けるから、二人はとにかく全体構造を正確に測ることに専念してくれ。その後で、効率性を重視した攻略計画を練ろう。マッピングの結果によってはメンバー入れ替えの可能性もあるんで、待機班はこれから言う役割のほかに、いつでも出動可能な態勢を整えていて欲しい。攻撃系のマルスを待機メンバーに入れたのはその為だ」


 一つ咳払いをしてミカドは続ける。


「待機班はジョナサンを筆頭に、天界からいろいろとサポートをしてもらう。地上に滞留できるのは三日間。天界では大体七、八時間、長引けばまる一日過ぎることになるだろう。その間、五人は常にここで潜入班と連絡を取れる体制を維持しておくこと」

「あたしがメンバーに入ってる理由は? エマちゃんについてなくていいの?」


 手を挙げたのはソフィア。待機組に割り当てられた中では紅一点だ。


「ソフィアは俺の身に何かあった時にバックアップしてもらう。神語資格持ちのパットとウィルの二人は潜入班帰還時の浄化。何かしらの回収物があった場合はそれも浄化。ここまでいいか?」


 特に目立った反応がないのを確かめて、ミカドは更に続けた。


「んで、名前の呼ばれてないエマとジークの二人には……“連携班”という名の雑用係をお任せします。エマ、細かい説明はジークから受けるといい。きっと大忙しだが、頼りにしてるぜ」

「は、はいっ」


 何をするのかピンとこない説明だったが、エマは元気よく返事した。少し離れたところに立つジークがエマに微笑みかけてきた。


「各自の割り当ては以上。本件対応中は通常業務は全ストップする。今日明日は事前準備で忙しいぞ。それじゃ、解散!」


 パンとミカドが手を叩いたのを合図に、回収係も慌ただしく動き始めた。

 戸惑いの抜けないマルスの肩を叩く者がいた。ジョナさんだ。


「マル坊、大抜擢だな。前回は連携班だったろう」

「ええ、まあ……」

「自信なさげだな。配置換えを頼むか?」


 マルスは目を伏せた。胸中は複雑だ。配置された役割を全うしたいという想いの一方で、経験のなさはどうしても否めないのだ。

 その様子をじっと見守っていたジョナさんは、ぽんぽんとマルスの背中を叩いた。


「やってみるといい。お前さんの頑張りは、わしもミカドさんもよく知っているよ。ミカドさんもわしと同じ考えでいたようでな」

「それはどういう……?」

「直接面倒を見るなら潜入班にすると踏んでおったんじゃが。敢えて待機班に組み込んだということは『俺の背中は任せた』と言ってるようなものだ」


 マルスは目を丸くした。驚きでミカドを見ると、潜入班との打ち合わせに入るミカドは不器用なウインクを飛ばしてきた。


「……頑張ります」

「うむ。さあ、やることはわんさかあるぞ、わしらも始めるとしよう」


 ぶるりと武者震いに肩を揺らし、マルスはジョナさんの背を追いかけて行った。

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