天界連合ダンジョン局

奥山柚惟

第1話 ミミック箱の正しい開け方

 湿った生ぬるい空気が、じっとりと通り抜けていく。

 等間隔に灯された松明に照らされて、石壁の迷路はますます不気味に彩られていた。どこからか生物の荒い息使いを感じる。この迷宮の最奥で待つボスのものだろうか、それとも――。


 などということは微塵も気にもせず、その三人は別のものに意識を注いでいた。

 ある小部屋の中央に置かれた、錆びた金具に締め付けられた古い木箱である。


「そうここ。この裏ッかわね、ここに識別番号シリアルナンバーが彫られてるわけ。ちゃんと登録のある宝箱ならウチにあるデータで中身を確認できる。テキトーな番号だったり、そもそも番号のない宝箱の場合……」

「非正規品、ということですね」


 しゃがみ込み、箱の裏側に刻まれた文字をなぞって見せる黒髪の壮年男性と、その隣で頷きメモを取る金髪の若い女性。二人とも黒いスーツに身を包んでいる。


「んで、この宝箱にはナンバーの記載があるわけだが……マルス、事前調査情報じゃこの宝箱はなかったよな?」

「ないですね。マップでは、ここはただの空き部屋のはずです。念のため登記情報も照会しときます?」

「面倒だな。いいや、直接シリアルナンバー調べよう。管理課に繋いでくれ」


 最後の一人──マルスと呼ばれた赤毛の青年は、宙に地図を表示させたまま、スーツの内ポケットから携帯を取り出した。


「事前調査が漏れることってあるんですね」

「エマちゃん。実はよ、こうやってマップを頼りに回収しに来られるようになったのは、かなーり最近になってからなのよ……」

「えっ」


 メモを取るエマの手が止まった。


「じゃあ、前はどうやって回収業務をしていたんですか?」

「決まってンだろ。数百年前の古ぅい登記情報を元に、自分らで頑張ってマッピングして……」

「ミカドさん、繋がりました」


 マルスの言葉に雑談を中断し、ミカドはエマに向かって一つ頷いた。


「新人エマちゃん、マルス先輩にシリアルナンバー教えたげて」

「えーっと……FP37E-Y9BZ88です」

「ありがとう。あ、聞こえましたか。……ええ、FPですね、はい……あー……」


 マルスの翠色の目から光が失われていった。それを見たミカドも何かを察した顔つきになった。電話を切ったマルスはひとつ息をつき、二人を見下ろした。


「FPから始まるナンバーは特殊対応案件とのことでした。どうします、ミカド係長」


 指示を仰がれた係長ミカドは顎をさすった。無精ひげがじょりじょりと音を立てた。


「新人研修中には良い教材だ。詳細は?」

「二百年ほど前に流行ったものですね。勇者志望者の激増に合わせて、候補者を絞り込むために罠付きの宝箱が大量生産されました。空っぽのダミーじゃなく、ちゃんと中身が入ってるものが」


 ズレた眼鏡を直して彼は続ける。


「特に、今回のFPモデルは悪質なトラップが仕掛けられているようです。新人が対処するには荷が重いかと」

「この迷宮ダンジョン、バブル期に建てられた物件だからなあ。無駄に派手なんだよね、バブルの遺産って……あー思い出した。FPモデルは前に片付けたことあったわ。今回は俺が手本を見せよう。マルス、エマちゃん頼んだ」


 二人を下がらせ、ミカドは箱の正面に回った。

 そして空間魔法を展開。魔法の収納ボックスからナイフを取り出し、部下二人を振り返って説明を始めた。


「この宝箱はミミックを応用したトラップだ。フツーに蓋を開けると齧られて結構痛い目に遭う。人間だったらひとたまりもねえな。ちゃあんと正しい方法で開ければ、中身だけ回収することができます。どうやるかというと──」


 一つ咳払いをし、深呼吸。そして、


  ガンッ!


「えっ」

「ミ、カド……さん?」


 宝箱を蹴り始めたミカドに、マルスとエマは思わず後ずさった。


「おうゴルァてめえ、出すもん出せや、おォん?」

「ま、巻き舌ッ」


 黒い革靴が容赦なく宝箱を蹴り、脅すように蓋の隙間にナイフが差し込まれた。先ほどまでの調子のいい朗らかさは消え失せ、ドスのきいた低い声でミカドは脅迫を続ける。


「持ってんだろォがよ。ホラさっさと寄越せ、もねえと自慢の舌ァ引っこ抜いて、物好きな金持ちの財布にしてやるぞ」


 すると、切なげなキュウンという声が箱から上がり、留め具が外れて蓋が開いた。

 開いた箱の隙間から大きな舌が垂れて、ペッと何かを吐き出した。


「はいエマちゃん、キャッチしてー」

「え、わ、私!? 何を……きゃあっ」


 箱はすぐに口を閉じ、物言わぬ木箱に戻ってしまった。

 何とかキャッチしたエマは尻もちをついていた。マルスに手を借りて立ち上がり、改めて手の中のものを確認する。


「うぅ、べとべとするぅ……」

「ほら、これで拭きな。おやおや、ネックレスとは、事前情報にねえ宝物だ。所有者にとってはマイナスになるねえ、最終的に何点減点されてるかなー? うひひ、楽しみ楽しみ」


 涎を拭き取ったネックレスを収納に放り込み、ミカドはすたすたと歩き出した。その背を追いかける二人は顔を見合わせて、頷き合った。



「「あの人ホントに天使なの?」」

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