第8話 アイドルナウと阿武の凋落

「『エレキテル・アタッカーズ』の取材ですが、ライブの取材はオーケーとのことですが、その後のインタビューは難しいとのことです」

「『アーノルド魔術学園Iチーム』との例のコラボ企画ですが、見直してほしい、との話が先方から来ました」

「『君を待っている22時』のインタビュー取材も再来月以降にリスケしてほしいとの連絡がありました」


阿武が河合悠里をクビにした翌日。悠里が進めていた案件から次々と断りの連絡が入ってきた。


予定していた紙面アイドルナウに穴が空きまくってしまう。しかし、先方と契約書を交わしたわけではないし、そもそも約束のやり取りはすべて悠里が個人的なメールアドレスでやっていた。何より、報酬を支払ったわけでもないので、文句をつけられるはずもない。


「あんのクソライターめ、手を回しやがったな!!!ちくしょう!契約違反だろ!!!」


もちろんそんな事実はない。悠里は昨日、サイトのライターを辞めたことについて担当していたアイドルの事務所にお詫びと共に連絡はした。が、それ以上のことは一切していない。


先方も、悠里とのつながりで、悠里個人と約束していた案件だから、悠里と関係なくなったサイトに約束はない、ということなのだろう。


ほかのライターが引き継いでいる窓口も、悠里が趣味と実益を兼ねて、フリーライター時代から通いつめて繋いだものばかり。今回まだ反応がないところも飽くまで悠里とのつながりとしか思っていないため、いなくなった事実が知れ渡れば、切られてしまう可能性もある。もともとが引き継いだ、というより阿武が悠里から取り上げただけなので、先方も義理でやっていたに近いのだ。


「『煌めき☆とらいあんぐる』の、昨日やった夕方のライブはどうだった!?おい片山、取材に行ったんだろ?」


声をかけられた、記事を担当していた記者・片山が頭をかきながら席から立ち上がった。阿武の前まで移動すると、クビをすくめた。


「あーありゃあ完全に失敗ですよ。人気だった桜井桜子をクビにしたせいで、50人弱しか客来てませんでしたからね」


あんなスカスカのライブを記事にしたら却って先方に怒られるだろう。残った3人のクオリティも絶望的で、記事にするにはかなり問題がある。


「桜井桜子はユニットの足を引っ張っていたと聞くぞ?もともと人気がそんなもんなんだろ?」


「え?編集長何言ってるんですか?それどこ情報ですか?」


こいつ何言ってるんだ?という表情を隠しもしない片山。彼は編集長よりも古参の記者で、悠里とともにサイトの立ち上げに関わっている。昨日は煌めき☆とらいあんぐるのライブを見に行っていたので、悠里がやめ(させられ)た場には居なかった。が、もし居たら確実に反抗していただろう。


「たしかな筋からの情報だ!」


「いや、でも昼のライブは会場ギリギリの300人来てましたよ。それが夕方はあれ。普通、平日で昼より夕方が少ないってありえないですからね」


「なら昼の写真を使えばいいだろ!」


こいつなんでこんなにバカなんだ、と言わんばかりに阿武は片山を怒鳴り付けるが、片山は呆れた顔をして口を開く。


「…編集長が写真は夕方のライブだけ撮れって言ったんじゃないですか?夕方のライブは客席トリミングしないとキツいですよ」


阿武がつながりのある「上」とか「確かな筋」いうのは、高井貞子の父親であり在京キー局TOテレビ専務取締役の高井たかいたけだ。


人気の出てきたアイドル専門のWebサイト「アイドルナウ」に目を付けた高井が、自分の娘が所属している煌めき☆とらいあんぐるの宣伝に使うべく、息のかかった子分である阿武を派遣してきた。そしてテレビ局のつながりを使って編集長にねじ込んだのだ。


「くそっ…桜井桜子をクビにしたら人気が出るから夕方のライブを撮れという、からの指示に従ったのに…」


政治畑の記者から上がった高井は、アイドルに関してかなり疎い。娘に頼まれるまま、スタッフを揃えたが、娘のアイドルとしての価値の低さなどわからない。高井にとっては幼稚園のお遊戯会の延長なのだ。


今回も娘に頼まれるまま、のだ。


「くそ…あとでに連絡して指示を仰がないと…」


阿武はびちゃびちゃ唾を飛ばしながら何度も舌打ちをした。


阿武も昔TOテレビの記者で、高井と同じく政治畑だった。自分の片寄った思想を放送するため、気に入らない政治家や識者を嘘や歪曲報道で貶めてきた。


それらの悪行が公になり、ついには裁判沙汰になりそうなところを先輩である高井が庇い、自主退職で事なきを収めるように取りはからったのだ。


「くそ…紙面をとにかく埋めないと…おい」


「へいへい」


片山は、いかにもいやいやながらという体で返事をした。


「タダでいいから広告記事を取ってこい?」


「へ?タダで、ですか?ほかの金取ってる広告記事はどうするんで?」


「無能が!いちいち聞くな!そんなのはお前が何とかしろ!」


「いやいや、無理でしょ何言ってるんですか???」


「お前も反抗するのか!?」


「反抗も何も無茶苦茶なこと振られたらできないって答えるしかないでしょ」


「うるさい!お前もクビだ!クビ!」


「あっそ。あー俺は正社員だから、今日辞めさせるなら解雇には1月分の給料支払いと残りの有給の買い取り義務あるからよろしくねー」


「うるさい!クソが!出ていけ!!!」


「へいへい」


片山が自席に戻って、荷物をまとめ始めるのを見ると阿武はニヤニヤが止められなかった。これで自分に反抗的な立ち上げメンバーが全員いなくなる。ここは自分の王国になる!


しかし、片山が置いてあった大きなビデオカメラを専用のケースに詰め始めると、阿武の顔色が変わった。


「おい。なぜそのカメラを持ち出そうとしている!お前は社員じゃないんだ!会社の備品を勝手に持ち出したら窃盗だぞ!」


「うっせぇなくそ豚。これは備品じゃねぇよ。俺が自前で買ったのを、貸していただけだよ。俺のものを俺が持っていって何が悪い」


「な、なにを言っている…そのビデオカメラは夕方の取材で使う予定なんだぞ」


そう。今日の夕方から約束している煌めき☆とらいあんぐるの告知PVと昨日のライブに関するインタビュー撮影に使う予定だった。


「知ってる。知っては居るがもうこの会社と俺は関係がない。よってカメラを貸す義務もない」


片山のはPony製の業務用カメラだ。テレビ局が屋外の取材などで使う、業務用としては最低クラスのものだが、それでも民生品の最高級機の数倍の値段がする。こんなもんを片山は、なぜ個人で所有しているのか謎だが、何事もスキモノはいるわけだ。


そして業務用カメラをその日のうちに用意するのはなかなかに大変な仕事だ。もちろん業務用のカメラが家電量販店に行って売ってるわけもない。しかし、インタビューに民生品のカメラを用意などしたら、貞子たちに何と言われるかわかったもんではない。


まぁ…もともと阿武には撮影するスキルはない。ほかの残っているライターもしかりだ。これまでは、撮影や編集なども、悠里や片山に頼りっきりだったのだから、カメラだけあってもどうにもならないのだが。


「た…頼む…カメラだけでも貸してくれ」


「1時間1000万円で貸して上げよう」


片山は満面の笑みで、そういい放つ。ようするに貸す気はないのだろう。


「ふざけるな!そんな金払えるか!」


「そっか!じゃあさよならー」


「お、おい!」


追いすがる阿武の声を無視して、片山は編集部の部屋を出た。後ろ手で、バタンと扉を閉めるとふぅ、とため息を付く。


「あーあ、会社やめちったよー。うーん。河合さんでも頼ろっかなぁ…」


結局アイドルナウはその月の更新回数をかなり落として、しかもクオリティもだだ下がりになって配信した。もともと落ち込んでいたアクセス数が、さらにみる影もなく落ちていったのは疑う余地もない。


もちろん、こんなのは彼が落ちぶれていく序章にすぎない。









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