番外編 魔城の一番長い休日~その9

「おっ」


 俺は遂に『それっぽい黒い木箱』を見つけ、既に疲れ切っていた声を上ずらせた。


 トロりんの幼馴染へのプレゼント候補である『太陽の意匠をあしらった魔法のランプ』探しが始まってから数時間。魔城の中での時間感覚はかなり曖昧ではあるが、とっくに、すっかり夜である。やれやれ……やっと見つけたぞ。



 様々な品物に埋もれた、黒っぽくて平べったいチェストは、確かに『それっぽい』……うん。『それっぽい』だけだった。正直、探索にも飽きて、だいぶ疲れていた。なので、その細かいディテールの違いや、そもそも目的の箱は絶対に違う棚で見たはず、といった点をまるまる無視してしまったのである。


 正常化バイアスって奴だね!


 そんな俺は、ずるずると黒い箱を引っ張り出して、逸る気持ちで開けて――


――――――――――――――


「―—タカシ、気を付けて!」

「へ?」

 棚の上で旋回して、俺の様子を見守っていたハル子が叫んだ。

『ガガガガガガ!!』

「えっ!?」


「それ、ミミックだから! ……って遅かったねごめんね」

「遅いよぎゃあああああ!」


 先程のヴァンドラよりも酷い悲鳴を上げて俺は逃げだした!


 箱の開口部がガバーっと開いて、不揃いの鋭い牙を剥き出しにして、ガチガチと鳴らしながら。ぐにぐに動いてぴょんぴょん跳ねて、やたら速いスピードで、宝箱の魔物――ミミックが俺を追って来る!


「――だっ、だだだだだ誰か助けてぇ!」

 棚の間を全力で駆け抜けていく俺!

 薄暗い宝物庫に轟く悲鳴!

 追り来るミミック! 超はええ!

 その様子を眺める楽団員モンスターたち!

「あー、ミミちゃん。暫く見ないと思ってたらあんなとこに隠れてたのか」

「周りに箱が一杯あると落ち着く子ですものね」


 助けろって!!


 楽団員は皆涼しい顔をして、全力疾走していく俺を見送っている。


「うんがぁー!」

 俺の行き先にトロりんが立ち塞がった。

 いや邪魔、邪魔だ! 邪魔だって――違った。

 

 ――すっ。

 俺はトロりんが差し出した腕にしがみ付いて。ひょいと持ち上げられた。


 んで、ずり落ちそうになりながらも、なんとか肩によじ登る。

「あ、ありがとうトロりん。助かった……」


 本当にありがとう。そしてふざけんなよ、他の連中! 何を冷静に見物してんだ!

 

『がちがちがちがちがちっ!』

「ふごご」

 トロりんの足元では、歯噛みするミミック……ええと、ミミちゃん? が、恨めしそうに俺を見上げて、ぴょんぴょん飛び跳ね、悔しそうにしていた。


「わ、悪かったよ……寝てたんだよな。急に起こされてびっくりした……で、いいんだよね?」 

「がちがち……」


 やがて静かになったミミちゃんは軽く飛び跳ねて、物品の棚に戻っていくと、そこでまた『普通の平べったい箱』になった。


 俺は胸を撫でおろす。あーびっくりした。この異世界に転移してから初めて全力で走った気がする……そして、思いのほか息が切れていないことにも軽く驚いた。そうかそうか、これもモンスター化が進行してるって証拠だな?


 ふと思い出してみると、こうして遊んでないで、やはり曲作りに専念すべきなのではないか、という焦りも蘇ってしまう。


 まあ、それはいいや。今日はトロりんの為に一日を使うって決めたんだしね。


 ……しかし、まさか他にもミミックは居ないよな? 

 この後の探索がすっごくおっかなくなってるんだけど。


 

――――――――――――――――――――――――


「なあ、もうそろそろ良いだろ……本来なら楽団の練習時間もとっくに終わってる時間だぞ。別に今日、絶対に見つけなくちゃならないもんでもないじゃんか」


 完璧に飽きたヴァンドラが、棚の間に座り込み、ナイフを片手でくるくると弄んでいる。あんたが言い出しっぺだろ、何を言って――まあ、俺のせいか。その為に楽団の全員に手伝わせてんだもんな。


「そりゃそうだけどさ。これだけの人手を使えるのは今しかないし……」

「どっちしろ早く決めてくれ。俺はこのあと、サキュバスのおねーちゃんたちと合コンなんだから」


 なんだそれ。深夜にか「マジで? すげえ気になる。今度連れてけ」


「…………」あっ。

 なんか寒気がしたと思ったら、無音で背後で着地していたハル子の殺気だった。


 俺、心の声が漏れてた? うん、俺も疲れてきてるんだね――


「――ヴァンドラの言う通りだ、また楽器の補完や修理の為に訪れることもあるだろう。練習の合間を見て探索すればいい」


 ミノットさんの野太い声が割り込んでくれたおかげで、ハル子に余計な言い訳をせずに済んだ。

 ああ……ミノットさんも早く帰りたがってますね? おうちで可愛い妻子が待っているからですよねソレ。そろそろ俺も判ってきましたよアンタのことも。


 ただ、それもごもっとも。

 正確な時刻はもう判らないが、もう深夜は回っているだろう。

 俺の『休日』もとっくに終わっている。

 皆の言う通りかもしれない。

 

――がさがさ、ごそごそ。


 しかし、皆がやいのやいの言っている間にも、トロりんは一人で棚という棚で物をひっくり返し、懸命に目当ての品物を探していた。


「……皆は帰っていいよ。俺はもうちょっとトロりんに付き合っていくから」

 俺は、諦め半分の溜息をついた。

 友達が困ってるんだから、手を貸す。それだけだ。仕方ないよな。


「…………」

 それまで文句を言っていた楽団員の面々も、お互いの顔を見合わせる。


「……しゃあない。乗り掛かった船ってやつか。こうなったらとことんやってやる。どちらかというと夜型だし、オレ」

 最初に声を上げたのはヴァンドラ。億劫そうに腕をぐるぐる回しながら、トロりんの元へと歩み寄っていった。


「……はあ。また妻に叱られるな」

 ミノットさんも、のしのしと。


「これだけ寄ってたかって、探し物の一つも見つけられないだなんて、魔王さま直属、近衛楽団の名折れですわね」

 ラミ江さんも、ずるずると。


「…………」

 スケルくんはコツコツと。


「……ともだち、ってこういうものだよねっ」

 ハル子はどこか、嬉しそうに。


 ぱたぱた、ふわふわ、どすどす、ぺたぺた。

 

 それぞれが色んな音を奏でながら、結局、それからもまた結構な時間をかけて、楽団員は皆して、宝物庫を漁り続ける事になった。

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