軌道ホーム
令和、万和、広至、英弘。四つの元号が記入欄に並ぶ。皇統の存続に安堵する間もなく辞典を三錠飲み下した。他に介護保険制度全般の粉薬が一包。食事はチキンソテーに野菜コロッケというまともなメニューだ。VR書類を目線で繰りつつ、先ほどの機械人に聞いた。「生身由来の人格を継承した機械はロボットではない。では、遭難事故等で回収されて再起動に成功した人格は?」
「サルベージに成功すれば本人だ。逸失した場合も当該機が修理可能かつアーカイブから移植可能な状態なら本人だ。主記憶装置自体の交換は認められない」
高畑主任がいう死の概念は無機質で冷酷だ。宿るべき直近の器が壊れた時点で人格は生存権を失う。また、デジタル化した人格の寿命は無限ではない。近似された大脳は肉体同様に老いる。そうでなければ血流や栄養状態から惹起される「意識」という物を正確に再現できない。
「荒瀬様、ほほえみ様どちらでお呼びしていいか。被保険者は認知症状を呈していると」
「そういう事だ。ただ、通常の要介護者なら君を蘇生するまでもない」
「ケアプラン作成機の手に負えない?」
「そうだ。軌道特養の看取りは例がない」
主任がホームの模型を呼び出す。全長1キロのシリンダーはラグランジュL5点で数十機余りの最後期高齢者を介護している。置換率9割の機械老人達は余生を満喫しているが、施設自体の軌道寿命が尽きつつある。
「まさか利用者まで?」
私は懸念した。施設の都合が生殺与奪するなど理不尽だ。
「後継機に移っていただく」
高畑にも慈悲の欠片はあった。
私は割り切れない。
バラバラに燃え砕ける運命を荒瀬にどう納得させればいいのか。
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