僕の死神
泣村健汰
5歳~8歳
『5歳』
僕の家には、お父さんとお母さんとお姉ちゃんとミクがいる。ミクって言うのは、まだ赤ちゃんの僕の妹だ。
「涼君、今日は何が食べたい?」
お母さんが聞いてくる。
「ハンバーグ」
「もうっ、本当に涼君はハンバーグが好きねぇ」
お母さんは、そう言って僕の頭をナデナデする。僕は隣にいるお姉ちゃんを見る。
「お姉ちゃんには聞かないの?」
お母さんが変な顔をする。それから、お姉ちゃんの向こうにいるミクを見て笑った。
「涼君、お姉ちゃんじゃないでしょ。美玖ちゃんは妹でしょ? それに、美玖ちゃんはまだちゃんと歯が生えてないから、ハンバーグは食べられないのよ?」
お母さんは寝ているミクのほっぺたをツンツンしながら言った。
「じゃ、お母さんちょっとお買い物行って来るね。すぐ帰ってくるから、美玖ちゃんが起きたら遊んであげてね。それと、誰か来ても、絶対にドアを開けちゃダメだよ?」
僕は、うんわかった、とお母さんに言うと、お母さんは僕のほっぺたにチューをしてから買い物に行った。
「涼君、まだ私の事見えるんだね」
僕はお姉ちゃんの方を振り向いた。話しかけられたのは初めてだった。
「私の事はね、涼君にしか見えないのよ」
「お母さんにも?」
「そう」
「お父さんにも?」
「勿論」
「ミクにも?」
「そうよ、涼君だけ」
お姉ちゃんはしゃがんで、僕に顔を近づけた。
「でも、もうすぐ見えなくなっちゃうかもね、そうなったら、私の事もぜーんぶ忘れちゃうんだぞ~」
そう言うとお姉さんは、僕の目の前で変な顔をした。それから、にこって笑った。
「お姉ちゃんって、誰なの?」
僕はお姉ちゃんの手を掴んだけど、なんでか掴めなかった。
「お姉ちゃんはね、いっつも涼君の側に居るんだよ」
「神様なの?」
「うん、死神って言うんだよ」
それが、彼女との初めての会話だった。
『6歳』
ミクは1歳になった。
「あらぁ、涼君似合うね~」
遊びに来たお婆ちゃんが、僕にプレゼントをくれた。両手で抱えるくらいの大きなプレゼントだ。デパートの包装紙に青いリボンが付いてる。誕生日でもクリスマスでも無いのに、どうしてプレゼントが貰えるのかな、と思っていたけど、袋をびりびりと破いて中を見た時に、嬉しさが込み上げてきた。黒くてピカピカした、新しいランドセルだった。
僕はそれを背負って、お婆ちゃんに見せた。お婆ちゃんは嬉しそうに目を細めた。
「本当にすいません、お義母さん」
お母さんがミクを抱きながらお婆ちゃんに言った。お婆ちゃんは、いいのいいの、とご機嫌だった。
僕はふと死神の方を見た。死神は部屋の奥の方で、こちらを向いて笑っていた。
「涼君、お婆ちゃんにお礼言ったの?」
「お婆ちゃん、どうもありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
僕はランドセルを近くに置いて、お婆ちゃんの膝に座った。
お婆ちゃんのお家は、僕の家からそんなに遠くない。だから、よく僕はミクを連れてお婆ちゃんの家に泊まる。
お爺ちゃんは僕が生まれる前に、病気で死んじゃったらしい。だからお婆ちゃんは、いつもお家で一人でテレビを見ているらしいんだけど、僕達がお婆ちゃんの家に行った日は、僕達に好きなものを見せてくれる。僕がミクの相手をしながらテレビを見ている間、お婆ちゃんは僕達が好きな料理を作ってくれる。お婆ちゃんの作るカレーは、お母さんのよりも美味しい。
「次は美玖ちゃんにも買ってあげなきゃねぇ」
お婆ちゃんは、まだ赤ちゃんのミクを見ながらそんな事を言う。
ふと横を見ると、ランドセルをしげしげと見つめている死神がいた。僕は死神の所までとことこと歩いていって話しかけようとすると、死神は人差し指を口の前に当てて、シーッと言うポーズをする。僕はそれに頷いて、黙っている。
「ピッカピカだね、涼君愛されてるぅ」
新しいランドセルを眺めながら死神が言う。
「涼君? 気に入った?」
お婆ちゃんが僕に声をかけた。
「いいお婆ちゃんだね」
死神が言った。僕はその言葉を聞きながら、もう一度お婆ちゃんの膝に乗っかった。お婆ちゃんの手が、僕の頭をゆっくりと撫でてくれる。
「本当に、涼君はいい子だねぇ」
お婆ちゃんの手は、シワシワで骨ばっているけど、とってもとっても温かい。優しい優しい手だ。だから、お婆ちゃんに頭を撫でられると、とっても気持ちいい。
死神が僕の方を見ながら、クスクス笑っている。
「甘えんぼ」
笑いながら言うけど、馬鹿にしたような言い方じゃないから全然気にならない。
突然、ミクが泣き出した。
「ああ、よしよし、どうしたの? お腹空いたかな?」
お母さんがミクをあやしながら言った。
「そうだね、じゃあご飯にしようかね」
お婆ちゃんが僕にそう言った。僕もお婆ちゃんの膝を降りて、うんと言った。
死神がとことことこっちに近寄ってきて、僕の顔を覗き込んだ。
「甘えんぼ~」
今度は、ちょっと恥ずかしかった。
『8歳』
ミクは3歳になった。
確証は無いけれど、ミクにも死神が見えてた時期があったと僕は思う。ミクが壁に向かってうーうー頷いてた時に、僕は聞いてみた。
「ミクは、今ミクの死神と話してるの?」
「話してるって言うよりは、遊んでもらってるって感じかな」
僕の死神はあっさりと肯定してくれた。でもやっぱり僕の目には、壁に向かって唸っている滑稽なミクが映っているだけで、ミクの死神は、それこそ影も形も無い。
そんなミクも3歳になった。
死神はもうとっくに見えてないのであろう。遊んで遊んでと、僕に縋り付く事が多くなった。
「いーちゃ、あそんで~」
ミクはまだ上手く『に』と言う音を発音出来ないらしく、僕の事を『いーちゃ』と呼ぶ。
「美玖ちゃんは、お兄ちゃんの事大好きなんだね~」
「うるさいなぁ」
からかうように頭の後ろをフワフワと浮かぶ死神に毒づく。言いながら、最近のミクのお気に入りである、4色に塗られた積み木を持ってきてやる。
「涼君みたいな優しいお兄ちゃんだったら、私も欲しいなぁ」
「死神が何言ってるんだよ」
「冷たいわねぇ……。あ、照れてるのかな?」
そう言いながら、彼女はほっぺたをツンツンしてくる。勿論、ツンツンしてるつもりだけ。彼女の指が僕に触れる訳は無いから、ほっぺたには何の感触も無い。でも、からかわれてる感じはプンプンするので、何だか気に食わない。
「ねぇ、死神」
「死神って言わないでって言ってるでしょ。確かに死神だけど、なんか他人行儀じゃない。涼君が、ねぇ子供って言われたら嫌でしょ?」
「だって、他に呼び方無いよ」
「だから言ってるでしょ、シニちゃんって呼んでって」
僕は目の前にフワフワ浮かび冗談混じりに言う死神に向かって、ため息を吐いた。あくまで個人的な言い分だけど、死神をちゃん付けで呼びたくは無い。
「いーちゃ、いーちゃ。おしおつくよ?」
「ああ、うん。お城な」
ミクが積木で城を作る事を僕に宣言したので、僕はお城に必要そうなパーツをミクの前に並べてやった。いきなり屋根になりそうな三角の積木を下に置こうとするから、それじゃ城が崩れちゃうよ、と言ってやる。
「シニちゃん以外で、他には何か無いの?」
死神は依然として、フワフワ浮かびながら大して考えてもいないような素振りで考え事をしている。
「そうねぇ、私死神番号81番だから……、上手く語呂合わせ出来ないわねぇ。ヤイちゃんも、何か変よねぇ」
――81?
「クク」
「ん?」
僕は死神に言った。
「81は、9×9だよ。こないだ学校で習ったんだ」
「あ、ああ、もう学校で九九やってるんだ」
「クク、じゃダメなの?」
「ククちゃんか、可愛くていいかもね」
「ちゃんは付けないよ……」
「あらあら、照れてるの?」
そう言って、また僕のほっぺたをツンツンとする。
「いーちゃ、おしお、おしお」
ミクは四角い積木を積み上げて、塔を作っていた。それが倒れないように、ちょこんと三角の積木で屋根をつけてやる。ミクはきゃっきゃと喜び、それを、ドーンと言いながら壊す。僕はいつもの事なので、怒ったりはしない。それを見て、クスクスと笑っているのが一人。
「笑うなよ、クク」
「はいはい、ごめんね」
僕の死神に、名前がついた。
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