第23話 女子同士の戦いは醜くも美しい 9
一方、天河家一階のリビングでは。
「おっそいわね……。ふたりとも……」
ミャーコこと猫山美也子が、自分のスマホを見ながら声を上げました。苛立った猫のように。
リビングの明かりは、窓の外の闇を浮かび上がらせています。
一方、銀河の体を奪い取ったアキトは、余裕の表情でした。
しかし、何もしてなかったというわけではありません。
「おそらく、もうしばらくしたらグライスの特殊部隊がやってくる頃だな。備えよう」
そう言うと、端末を操作し、次々とナノクリスタルコアを出現させました。
微小機械や物質製の物体を、動作させるときに使われる青白いクリスタルです。
そのクリスタルは光り輝くと、小さな人間の形を作りました。
アキトが持っている人格プログラムが、実体化した姿。
小人のような大きさのスードロイドは、大きな木目調のテーブルの上に立ちました。
スードロイドは、十センチ程度から十メートルぐらいまで、大きさを変えられるのです。
「よお、マスター。参上したぜぇ」
そう言って現れたのは、
彼はアキト、いや、銀河の姿とは違い、筋骨隆々とした男の姿をしていました。
人格プログラムは、ナノクリスタルコアにインストールし、ナノマシンやナノマテリアルにより実体化することにより、スードロイドとして独立して行動できるのです。
そして机の上に、次々とスードロイド達が現れました。
「戦士、参上しました」
「メイジ、参上したぞい」
「ローグ、呼ばれて参上いたしましたっ!」
その他にも何十人もの小さな擬似人間達が、テーブルの上に揃いました。
彼らの姿を確認するとアキトは、
「みんな、わかっているな。おそらくもうまもなくすれば、グライスの特殊部隊がペリー王妃とトレアリィ姫を『救出』しに来る」
そう言って目の前の椅子に座っているペリー王妃と、そのそばに立っているメイドホログラムのディディの姿をちらっ、と見ました。
それに対してペリー王妃は、仲の良くない国の首脳と会見する時のような、険しい顔つきを見せました。ディディも、同様です。
彼女らの態度に対し、何事もないような表情と口調で、アキトは言葉を続けます。
「それに対し、我々は防衛行動を取る。各自、日頃の訓練通り持ち場に展開し、防衛に応れ」
「了解!」
机の上のスードロイド達は青白い光に包まれると、その一瞬後には全員姿を消しました。
「これで準備の一つはできた。……サンナ、状況はどうだ?」
「はい〜」
綾音の近くに立ち、虚空を見つめていた北村奈々美、いや、サンナはウィンドウを目の前に広げると答えました。
「月軌道上のステーションシップから、降下艇らしき船が数隻発進したのを確認しました〜」
「その後は?」
「すぐに遮蔽を行ったらしく見失いましたが〜。速度からすると、今頃は地球に到着しているはずですわ〜」
「わかった。各艦の発進準備をしておけ。特にシェレナ、砲撃準備を早めにな」
「……了解」
奈々美の近くに立っていた凛がそう言うと、目の前にウィンドウを展開させ、何やら作業を始めました。
「あいよッ! 待ってたんだこの時ヲー!」
「あー、やだやだ。面倒くさいけどやるしかないよねー」
美優、多恵子の二人も、美優は勇ましく、多恵子はダルげにと言う違いはありますが、彼女らもウィンドウを展開させて準備に入ります。
彼、彼女らの様子をただ黙って見ていたペリー王妃は、そこで背筋をぴんと伸ばし、アキトに相対しました。
「……アキト殿下。あなたは今何をしているかわかっておられますよね?」
「わかっている」アキトは顔をニヤリとして言葉を続けます。「わかっているからこその行動なのだ。あなた方は地球に対して有利な交渉を得るために、あのようなことをした。我々も同じなのだ。我々はあなた方に有利な交渉を得るために、こうしている」
「ならばこのような場ではなく、公式の場で交渉すべきなのでは? 例えば、我々のステーションシップで」
「今の私達が公式には行方不明になっている以上、表の場に出ることは許されません」
アキトの隣りに座っている天宮綾音、いや、プリシア・リブリティアは、優しげな表情の中に何かを秘めながら言いました。
「私の望むことはただ一つ。私達と、地球の民をこれからも静かに、穏やかに、平和に暮らさせてほしいことだけです。それだけです」
「……」アキトはわずかに片方のまゆを上げました。「プリシアもこう言っている。ペリー王妃、グライス艦隊に、これ以上の私と地球への干渉を止め、撤退することを約束して欲しい。そうすれば、殿下と王女を『自由』にしてやってもよいとこちらも約束する」
「それならばまずは、この転送波妨害を解除してくださるかしら?」
「それは今の要求を了承なされてからです。陛下」
お互いの言葉を聞いて、双方は黙りました。
どちらかが譲らないと、何も始まらない状況です。
いや、始まらないどころか。戦いは、既に始まっているのです。
リビング中を包む険悪な空気に触れ、美也子は大きくため息をつきました。
(なんなのよこれ……。まるで、運動会とか学園祭での役割分担を押し付けあう時のような嫌な空気……。ここから逃げることできないかしら……)
そう思った時でした。訛りのある救いの声が、頭のなかに響いてきました。
〔美也子はん美也子はん〕
〔ディディ!?〕
ナノコミュニケーターによる脳内通信です。
彼女の言葉を聞き、美也子は迷子の時に母親の声を聞いた時のような思いを抱きました。
〔どうしたの?〕
〔いや、こんな首脳会議のまっただ中に放り込まれて、あんさんが嫌な思いしてないかと思ったでやんす〕
〔ありがと。こんな学校のいじめがあった後の学級会をさらに重くしたような空気……。早く抜け出したいわ〕
〔なら、銀河はんとトレアリィ姫さまの様子を見に行くというのは、どうでしょうかねえ?〕
〔!〕
ディディの提案を聞いて、美也子ははっ、となりました。忘れ物に気がついた時のように。
(そういえばあたし、さっきまで銀河のことに気にしてたじゃない。忘れてたっ!)
そう思うと、美也子は急にソファから立ち上がりました。
「どうなさいました猫山さん?」
「あ、綾音さん。ち、ちょっと銀河の様子を見てくる。つついでに、あの姫様の様子も」
美也子はそう言い訳しました。
言いつつも、奈々美達の間をすり抜け、リビングの出口の方へと向かいます。
ディディも、そそくさと美也子の後を追います。
「あっしも姫さまの様子をみてくるでやんす〜」
「とか言ってここから逃げ出すなよ。私の人格ホログラムが見張っているからな」
「わかっているわよ!」
「いってらっしゃーい。娘に致したか聞いてくるのよー」
アキト達に見送られて、美也子とディディは銀河の部屋へと向かいました。
(まったく……。いけ好かないやつよね、アキトって皇子様……。まあ銀河とアイツって、似たところがあるけどね。似た者同士だから、アイツは銀河に取り憑いたのかしら?)
そんなことを思いつつ、ディディを連れて二階へと上がる美也子でしたが……。
そこで見た銀河の部屋の扉は、真っ白い壁になっていました。まるで国境の壁のように。
「え、ええっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
美也子は、彼女と銀河を遮る壁の前で、そのまま立ち尽くす他ありませんでした……。
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