第3話 風呂場でご主人さまと僕に囁いている 3

 女の子は、何かを思い出したように突然真剣な表情になり、心の声で、こう言ってきました。

 彼女の顔と目には、怖いものに追いかけられた後のような色がありました。

〔……あの、ご主人さま! 助けてください!〕

 その言葉に、銀河は目を丸くしました。突然、助けてくれ、だなんて。

 わけが分からず、銀河は言葉を返します。アニメの主人公のように。

「た、助けてくださいって……?」

〔悪い人に、追われているんですご主人さま!〕

「っていうか、どこから来たの? その格好、見たことないし……。アメリカ? 中国? ヨーロッパ? それともイスラムかどこか?」

〔ご主人さま違います。そんな国は存知ません!〕

「違うの? じゃあ、どこなんだよ?」

〔グライスプライム、でございます〕

「グライスプライム? そんな国、聞いた事ないぞ?」

〔銀河系に存在する星間王国でございます。ご主人さま〕

「ぎ、銀河系? と言うことは君は……、宇宙人?」

〔ご主人さまがそう呼ぶのなら……。わたくしは、グライス星間王国の王女、トレアリィ・フィメル・グライスでございます〕

 と、そう言って宇宙人の彼女はうやうやしく一礼をしました。

 銀髪が川のせせらぎのように、綺麗に流れます。

 そして、トレアリィは顔に陰りを見せながら問いかけてきました。

 何か、不安なことがあるようです。その目は拾われた孤児のようでもありました。

〔信じて、いただけますか……? ご主人さま?〕

 その言葉に、銀河は考える顔をしました。

(うーん。本当かな……。でも、突然空中から現れたことといい、頭のなかに聞こえる声で会話することといい、こういうのって、特撮でも幻覚でもなんでもないよな……。よし)

 銀河はそう思うと、トレアリィに向き合いました。そして一つ首を縦に振りました。

 ひとつの回答を持って。

「……うん、信じるよ。トレアリィ」

〔信じていただけますのね! よかった……〕

 トレアリィはほっと胸をなで下ろすと、銀河に聞きたかったことを尋ねてきました。

 それは、知らない人とコミュニケーションを取るときに、真っ先に聞くべき事でした。

〔で、ご主人さまのお名前は……〕

 銀河は、ちょっと頼りない笑顔で応えました。

「ぼ、僕の名前は……、天河銀河って言うんだ。よろしくね」

〔はい! わかりましたご主人さま!〕

 トレアリィも、笑顔で応えます。そのさまはきらめく星々のようです。

 しかしトレアリィは、すぐに視線を下に向けると、恥ずかしそうに告げます。

〔で、あの……〕

「なに、トレアリィ?」

〔ご主人さま……、まだ、裸ですね。このままいたしちゃいましょうか?〕

「あ」

 銀河は気が付きました。体は拭いたけど、服は着ていなかったことに。

 しかも、トレアリィはしゃがんだまま銀河と向き合い、銀河の大事なモノがぶらぶらしているのを見ながら、話していたのです。

 銀河はため息を付きました。その顔には、今はそれどころじゃないんだけど……、という感情が浮かんでいました。

「いたしちゃいましょうかって……。そんなことよりまずは話を詳しく聞かないと……」

 銀河はバンツを穿き、シャツを着て、それからパジャマを着ました。

 それから、スマホをパジャマのポケットの中に入れました。

「早くここを出て、リビングで休もう」

〔はっ、はい……〕

 トレアリィはそう返事をしました。そして、床に手をつけ、

〔んしょ〕

 立とうとしますが、力が足りないのか、なかなかうまくいきません。

 その様は生まれたての子鹿のようにも思えます。

「どうしたの、体が動かないの? 先程の装置でも使えばいいんじゃないの?」

〔はっ、はい……。エネルギーが切れたもので……〕

 トレアリィは言いながら立ち上がろうとしますが、まだうまく立ち上がれません。

 どうやらまだ、地球の重力に慣れていないようです。

 それを見た銀河は、しゃがみ込んで小さく肩を丸めると、

「ほら、肩を貸してあげるよ」

〔はいっ……〕

 トレアリィの肩を自分の肩に乗せ、彼女と一緒に立ち上がりました。

「よいしょ」

〔あ、ありがとうございます……。ご主人さま……〕

「歩ける?」

〔は、はい、なんとか……〕

「じゃ、リビングに行こうよ。いち、に、いち、に……」

〔いち、に、いち、に……〕

 声を掛け合いながら二人で廊下に出た、その時でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る