六話 会談
あれから目的地に到着するまで哉嗚とリーフは他愛もない会話をした。内容的には互いの普段の生活についてだった。魔法至上主義であるアスガルドでは道具の技術があまり発達しておらず、そのせいか娯楽もあまり発達していないようだった。
流石に簡単なカードゲームや本などはあるようだが、基本的には人間同士で暇を潰すような娯楽が中心らしい。哉嗚がゲーム機や映画やアニメなどの動画配信を説明したら彼女はひどく興味を覚えたようだった…………基本的に自室で何もせず過ごすのが常だったようだ。
「あそこが会談場所だ」
スヴァルト側の荒野を抜けた先には整備された平原が広がっている。その一角に急ごしらえで作られたとは思えない立派な建物が見えていた。流石に装飾もない平面で形作られた二階建てではあったが、三十人は収容できそうな広さがあり、砲撃にも耐えられるであろう頑強さも見受けられた。
「巨人機がたくさん」
「警備の部隊だな」
その建物を取り囲むように数十機もの巨人機がこちらを見据えて立っていた。夕軍機ではあるのだが、明らかに敵意のようなものが感じられて哉嗚は顔をしかめる…………ここにリーフがいる以上は無理もないとは彼も思うが。
「リーフ、わかってると思うけど」
「大丈夫、こちらから手は出さない」
念のために確認する哉嗚にリーフは頷く。
「哉嗚」
そして彼の名前を呼んだ。
「なんだ?」
「話せてよかった」
「っ」
端的で、けれど心のこもったその言葉に哉嗚は言葉に詰まる。
「また、話したい」
そしてまた端的な言葉が続く。
「…………」
それに哉嗚は答えず息を吐く…………複雑な感情がそこから抜け出していくように思えた。
「そうだな」
そしてそう答えを口にした。
「また、話せるといいな」
「うん」
それがこのコクピットでの二人の最後の会話だった。
◇
今のリーフにとっては哉嗚という存在がその行動の全てだ。故に彼との実りのある会話を長い時間楽しめた今の彼女の精神は正に無敵だった。居並ぶ巨人機から銃口と敵意を向けられようが、案内という名の武装した兵士たちが彼女を追い立てるように会談場所である建物へ誘導しようがまるで気にならなかった。
むしろリーフは感心していた。哉嗚が懸念していた通り彼らの彼女に対する敵意は目に見えるようだった…………それにはリーフへの多大なる恐怖と怯えも含まれている。
そしてそんな精神状態でありながら彼らは任務を忠実に果していた。誰一人暴発することなくリーフを会談場所である建物の二階へと案内する。流石は哉嗚の仲間たちだと彼女は感心しながら中央の階段を登って二階へと上がった。
「こちらです」
階段を上がって右へ回るとすぐに大扉があり、強張った手でライフルを握りながら戦闘を歩いていた案内の兵士がそこを示す。一階はほとんど兵士が待機するための広間だったし、建物の中自体はかなり単純な構造になっているようだった。
「ありがとう」
礼を言うとその兵士はぎょっとした表情を浮かべた。もしかしたら自分は礼すら言えない怪物のように見られていたのだろうかとリーフは思う…………どうでもいい話だが。
「ふむ、時間通りだな」
それまでの簡素さと比べその部屋は
「あなたが、辻孝政?」
「いかにも」
「君がアスガルド戦略魔攻士第三位リーフ・ラシルだな」
「うん」
「座り給え」
頷くリーフに辻は向かいのソファを示す。
「まずはそちらからの会談の申し込みに対して感謝する…………これまでの我々の関係からすれば最初に一歩を踏み出すことは大いなる勇気を必要としたことだろう」
それくらい両国間の溝は根深い。なにせ何世代にもわたって殺し殺されてきた関係だ。講和を提案しただけで裏切り者として糾弾されるどころか、そもそも講和という考えすら浮かばなくても不思議ではない。
「別に」
けれどリーフはそれにそっけなく答える。
「こちらの方がそちらより早く困っただけ」
辻はこちらに気を遣ってか国という言葉を使ったが、そもそもリーフ達はもはや国とは呼べないような集団だ。魔法使いは己が資本であるから生産力自体はそれなりにあるが、現状ムスペルから大きな被害の無いスヴァルトに比べればその差は明らかだ…………国としてのアスガルドはもはや滅び、その国力はムスペルに奪われているのだから。
「それならばそちらにはこちらが困るまで待つという選択肢もあった…………で、あれば一定の敬意をこちらはやはり払うべきだろう」
「それもこちらの事情があっただけ」
グエンは明らかにスヴァルトより先にアスガルドの残党を潰す気だった。単純に待つなんて余裕がリーフ達には無かったのだ。
「君は随分と正直だな」
「頭を使うのは苦手」
どうせ駆け引きで勝てないのならば最初から全て正直に話した方が早い。
「ふむ、講和の交渉役としては失格の人選だな」
「それを言うならあなたも同じ」
「ほう?」
興味深げに辻はリーフを見る。
「最高司令官が直接交渉に赴くなんて無謀…………私がその気になればあなたは死ぬ」
「なるほど」
もっともだというように辻は頷く。
「君が裏切れば確かに私は死ぬな」
「うん」
「だがその直後に君も死ぬだろう」
抑止力としてそういう布陣が会談場所には組まれている。
「自爆、覚悟かも知れない」
「だがその場合でも私が死ぬだけだ」
何でもない事のように辻は答える。
「君たちのような才能が全ての魔攻士と違って指導者には替えが効く…………そのように引き継ぎの準備は済ませてある。もちろん多少の混乱は起きるだろうし、私よりも次の指導者は無能であるかも知れないが、その程度でスヴァルトは揺らがんよ」
「そうなの?」
「そうだ」
素朴に尋ねるリーフに辻がはっきりと頷く。
「でも、死ぬよりは死なない方がいいと私は思う」
「それはそうだ…………私とて無駄に死にたいとは思っていない」
死ぬ覚悟はとうの昔に決めているが、それはスヴァルトに必要な事の為にだ。
「だったら、あなたがここに居るのは無謀…………通信、機? とか言う念話が出来る機会を使うべきだった」
「ふむ、確かにその方が安全だ」
実際に辻も部下から代役を使うかその方法を提示されていた。
「しかしそれでは説得力がない」
「…………説得力?」
リーフは首を傾げる。自分を説得するならそんな必要はない。
「そもそも事前に行われたキゼルヌ氏との通信で交渉は済んでいる…………だから君は講和と同盟の調印を済ますだけだと言われていただろう?」
「うん、確かにそう」
細かい話は付けてあるから全部頷いて来いとリーフは言われていた。
「ならなんで私を呼んだの?」
「そのほうが国民への印象が強くなるからだ」
「印象?」
意味が分からずリーフはまた首を傾げる。
「私はスヴァルトにおいてほとんど全権に近い権力を持っているが、それでも国の土台になっているのはそこに住まう国民でありその感情を無視することはできない」
スヴァルトはあくまで民主国家であり国政を担う大臣は辻とは別に存在する。それが軍政に近い形になりつつも破綻していないのは戦争に賛成する国民が多いからだ…………それが辻への強い支持へと繋がっている。
しかし残党とは言えアスガルドと講和し同盟を結ぶと発表すれば話は変わる。当然国民は反発し辻を引き下ろそうとする勢力も生まれるだろう…………そしてそれを力で抑えつけようとすれば彼の独裁となり、下手をすればその抵抗の為の組織が生まれ内部抗争も起こりかねない。
「つまりこれは講和と同盟への反発を抑える儀式のようなものだよ」
「私と会うだけで国民が納得するの?」
そんな簡単なものではないようにリーフには思えた。アスガルド残党の人々が今回の講和に反対しなかったのは彼らが追い詰められ他に方法がないことを理解しているからだ。
それに加えて彼らのほとんどは下級魔攻士や貧民、長老会によって半ば強制的に戦争をさせられたり虐げられたりした者たちだ…………つまるところスヴァルトを敵として憎んではいてもその感情は自国の権力者とで二分されているのだ。
しかしスヴァルトの国民はそうではないだろう。国の成立の逸話からアスガルドを敵視しており国家存亡の戦いとして戦争に賛同している…………簡単に納得しないはずだ。
「もちろん、たったこれだけのことで納得はすまい」
辻にもそれはよくわかっている。
「だが戦略魔攻士第三位…………スヴァルトにとって最大の敵の一角である君が私と直接相対して講和と同盟を結んだというのは大きな意味を持つ」
通信などではなく、生身で顔を合わせているからこそ意味がある。
「先程君が指摘したように君ならば容易く私を殺せるだろう…………だがそれをしない。スヴァルトと講和してムスペルと戦うよりも、私の首を持って炎の魔王に
「そんなことはしない」
「そこに信用が生まれるのだよ」
それだけリーフ達アスガルドの人間が講和に本気なのだと判断できる。
「これからの積み重ねるものの一歩としては充分だろう」
国民を納得させるための第一歩…………そしてこれはリーフには言わなかったが彼女の見た目もその材料となる。リーフはその見た目だけなら薄幸の美少女といった容姿であり、憎い敵のイメージからは乖離している。そんな彼女が平和を望む様は多少の意識を変える要因とはなるだろう。
「そういうわけだから後ほど国民への広報用に講和交渉の映像を撮らせてもらう…………無論台本などは用意させてあるから心配する必要はない」
「…………わかった」
リーフは頷く。演技などできるかわからないが必要であるなら仕方ない。
「では実務的な話はここまでだ」
そう言うと辻は会話の敷居を下げるようにソファへと背を持たれさせる。
「実務的?」
「ここからは君に要望を聞く…………つまりは君の機嫌を取るための話がしたいということだ」
「…………」
何を言い出すのだろうというようにリーフは辻を見る…………その視線に彼は苦笑して見せた。
「今回の講和交渉はアスガルトとスヴァルトではなく実質的に君とスヴァルトの間で行われるものだとは理解しているかね?」
「…………どういうこと?」
「君という戦力と同盟を結びたいから我々はアスガルドと講和するのだよ」
アスガルドの残党が有象無象の集団であることを当然スヴァルトは理解している。戦力的に見ればそれはほとんどムスペルへ対抗するための足しにはならない…………目の前の少女を除けば、だが。
「なるほど」
考えてもみなかったが言われてみればその通りだとリーフは思った。アスガルドの残党を戦力としての価値で見ればその大半は彼女だけで占めている。
「つまり君の機嫌を損ねればこの講和には何の意味もなくなる…………だから表向きの話とは別に叶えられる要望があれば聞こうという話だ」
「わかった」
リーフは頷く。そういう話しであれば躊躇う理由はない。
「それなら私は宮城哉嗚が欲しい」
そして彼女の望みなど一つしかなかった。
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