第8話 親友

 初めてアイツの病室を訪問した。

 日増しに暴力的になって来る日光が、薄手のカーテン越しに遠慮なく差し込んでいる。

 その窓際のベッドにアイツはいた。


「よぉ、武田」


 俺が声をかけると、アイツはゆっくりこちらへ首を回して白い歯を見せた。


「お前練習サボってこんなとこ来てていいの?」

「サボって来るわけねーだろ、今日は休み。それより体調どうよ?」

「ぼちぼち」


 ぼちぼちなんて言葉を使うヤツじゃなかった。いつだって絶好調だった。

 思えば数か月前に体重が落ちて来た時に初めて「ぼちぼち」って言った気がする。あの時もっとしつこく病院行けって言っときゃよかった。

 まぁ治らない病気じゃないし、時間はかかるけど辛抱強く治療するより仕方ない。


「早くお前と走り回りたいよ」

「俺が退院する頃には俺ら引退だろ」

「引退した後でもいいじゃん」

「それもそっか」


 喘息持ちの俺は昔から何かあればすぐに病院へ行っていた。持病がある方がなんだかんだで病院へ行く。だから何かあってもすぐに見つかる。

 武田みたいにまるっきり健康優良児だと、そもそも病院に縁がない。縁がないからちょっとやそっとじゃ行きたがらない。点滴や採血に慣れてる俺と違って、やたらと注射針を怖がったりする。

 案外病気持ちの方がメンテナンスに気を使うから大事に至らないのだ。


「もう夏になんのなー」

「早よ退院しろや」

「ここの夏は病院の方が快適だよ」


 そう言えば去年の夏、コイツは熱中症になったんだっけ。甲府から引っ越してきたばかりの武田は上越の夏を知らなかった。確かに甲府も暑い、だが日本海に面しているここは湿度で殴って来る。それで一発KOだ。


「なあ、覚えてる? 俺が去年熱中症でぶっ倒れた時さ、みんなが水飲ませろって騒いでさ。そんでお前だけが『血中塩分濃度が下がると危険だから、塩分も摂らせろ』って言ったのな。俺、朦朧としながらそれ聞いてて、コイツ冷静だわーって思ってたんだわ」

「そんなこと言ったっけ?」

「言った言った。んでさ、誰か塩タブ持ってねーかって聞いて回って、結局なくてさ。奇跡的にポケットに一粒残ってた塩タブ俺の口にねじ込んで、お前スポドリ買いにコンビニまで走ってくれたじゃん」


 そう言えばそんなこともあったな。


「あとで聞いたんだけどさ、今川のやつ、塩飴持ってたんだわ。だけど俺がぶっ倒れたの見て、自分も熱中症になったらやべえって思ったらしくてその場で食ったんだと」

「信じらんねーアイツ。自分のなんか後で買えよ」

「でもああいうヤツが出世するんだって北条が言ってて笑ったわ」


 それ、万年補欠のお前が言うなって案件だぞ北条。


「それ聞いて体育祭で今川と北条ボッコボコにしてやったの、気づいてた?」

「何それ知らん。いつよ」

「騎馬戦に決まってんじゃん」


 あー。そう言えば武田の騎馬隊は最強だって今川がぼやいてたな。


「江戸の敵を長崎で討ったんかい」

「それな。だけどあいつら弱くて話になんねえ。お前との一騎打ちが一番楽しかったよ」

「俺も俺も! 夏は無理でも体育祭までには退院できるんだろ? また一騎打ちやろうぜ」

「おう」


 そこまで来て武田は少し考えて「だからさ」と言葉を継いだ。


「だから、お前には言っとかなきゃと思ってさ」

「ん? なに?」

「俺、病院嫌いでドックもマトモに受けなかったじゃん?」

「だからこうなったんだろ。反省しろ」

「うん。誰でもやるべき時にやらなきゃならないことがある、それを俺はサボった」


 何を言い出すんだ?


「今やるべきこと。俺は治療。今川は勉強。北条は彼女との仲直り。そんでお前はな――」


 ?


「上杉、検診だ」

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