刺客の正体
「死ねえっ!」
何者かは、先に立っていたクリスへとまっすぐに突っ込んできた。とっさにクリスはタニアを横に投げ、傷ついた右手を使ってその攻撃をいなす。
すれ違うと同時に、ぱっと赤い血が散った。
「クリス!」
「かすり傷だ! ……ぐっ?!」
浅く切られただけのはずのクリスが、がくりと膝をつく。
その顔は真っ青で、ただ切りつけられただけにしては様子がおかしかった。
「飲んで!」
私は襲撃者の横を通すようにして、クリスに小瓶を投げた。受け取ったクリスは、すぐにそれをごくりと飲み干す。と、同時に地べたにうずくまってしまった。かろうじて息はしてるけど、とても動けそうになかった。
「即効性の毒も、使えるのね」
私は襲撃者を見つめる。
そこにいたのは、濃い蜜色の髪に翡翠の瞳をした女性だった。
彼女は手に持っていた剣を、見せびらかすようにつきつけてきた。
「コレには、呪いをかけた特殊な毒が塗ってあるの。何を飲ませたか知らないけど、すぐに死ぬわよ」
「ふうん、その程度かあ」
私は笑って挑発する。
クリスに投げたのは、東の賢者特製の解呪薬兼解毒薬だ。並の呪いならプロセスも何もかもすっとばして解呪するし、タチの悪い毒でも進行を止める作用がある。
呼吸ができているのなら、今すぐに死ぬようなことはないはず。
私の余裕を察知したローゼリアは目を吊り上げた。
「どこまでも癪にさわる……! リリアーナ・ハルバード! お前だけは許さない!」
「接待に失敗して、ご主人様に叱られた? そこまで恨みを買うとは思わなかったんだけど」
私は注意深く距離をとる。
彼女の怒りは、私に向けられていた。
「覚えがない? はっ……お嬢様は気楽なものね!」
「だって、そういう身分だしぃ?」
わざとらしく挑発しながら、さらにもう一歩後ろにさがる。
彼女が使った毒の正体はまだわからない。賢者の薬を使ったとはいえ、今のクリスを戦力に数えられない。
ここは私が彼女たちを守らなくちゃ。
とにかく話を引き延ばそう。
私はスマートグラスの縁を軽くタップして、注意深く距離を取った。
「侵入者がないはずの離宮で、どうしてタニアが倒れてたのか、やっとわかったわ。あなた、抜け道を通って入り込んでたのね」
離宮の警備は堀からの侵入者を想定していた。
当然カメラが分析するのは建物の外側だ。監視衛星も、地下の状況までは見ることができない。地下からの侵入はまったく予想してなかったのだ。
「でも、どうやってここを知ったの? コレは大事な王家の秘密よ」
抜け穴は秘密だからこそ意味がある。
誰も彼もが知っていたら、いざという時の切り札にならないからだ。
口が軽いと判断されたら、警備対象の王族にだって知らされない。当然、外国出身の王妃にも共有されていないはずだ。
一介の、まして王妃づきの女官が知っていていいことじゃない。
「私に秘密を教えてくれたのは、父よ」
「シュヴァイン……フルトだったっけ? そんな人、近衛にいたかしら」
ローゼリアは首を振る。
「それは、記録上の父よ。本当の父の名はヴォルフガング・マクガイア。お前たち宰相派に殺された、騎士団長だ!」
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