救助と避難
「タニア!」
「タニア、返事をしてくれ!」
私たちは口々に叫びながら離宮の中を進んだ。
思ったよりも火の回りが速い。
応接間を起点にして、離宮はもう三分の一ほどで火の手があがっていた。
「事件が起きたとき、タニアはどこで何をしていたのかしら」
「応接間にお茶出ししたあと、さがっていったから……」
「厨房だ」
私たちはうなずきあってから、厨房へ向かった。ドアを開けた瞬間、床に倒れ伏すタニアの姿が目に飛び込んでくる。
「タニア!」
クリスが中に飛び込む。
彼女を助け起こそうと、そばにしゃがみこんだところで、びしりと厨房の壁にヒビが入った。見つめているうちに、みるみるヒビは大きくなり、壁が割れ、その間から炎が噴き出してくる。
「わあっ!」
「クリス、早くこっちに!」
私は即席の風魔法で、炎を追い返す。
クリスはすぐにタニアを抱えてドアまで戻ってきた。ふたりで彼女を支えて退避する。
「いっ……つ」
クリスが顔をしかめた。
彼女の右手の袖はこげていた。突然の熱から体をかばおうとして、焼けてしまったらしい。
「火傷ね……」
「それと打撲だな。壁から飛んできたがれきが当たった。右手で剣を握るのは無理だな」
「痛み止めの魔法と、炎症を抑える魔法をかけるわ。本格的な治療は後でね」
こんな火事のまっただなかでは、落ち着いて傷を見ることもできない。
「タニアのほうは……」
「生きてるわ、呼吸も問題ない。でもどうしてあんなところで倒れてたのかしら」
私はタニアの様子を観察した。
いつもきっちりとまとめていた彼女の髪は乱れ、額には赤い血の痕がある。
「誰かに、殴られた?」
「侵入者か」
「それはおかしいわ。離宮は常に神の目が監視してるのよ。この世界に監視カメラをかいくぐる技術なんて、ないはずなのに」
「だが……この傷は明らかに他人に攻撃されたものだろう」
「それはそうなんだけどね」
状況がわからず、唇を噛んでいると、すぐそばで何かが崩れる音がした。
「推理も、脱出してからだな」
私はうなずいた。立ち上がって、周囲を見回す。
「橋は他にないんだったな」
「ええ。でも……」
私はかけっぱなしのスマートグラスに意識を集中した。
「橋を落とされたら逃げ場がなくなる。その程度のこと、ヴァンもイルマさんも、考えないわけないのよね」
「別の退路がある?」
「多分。もちお、攻略本を出して」
小夜子として女神ダンジョンに入り込んだ時に、攻略本のデータは管制施設に登録されている。指示すると、目の前に攻略本が表示された。
「ええと……抜け穴、抜け穴……あった! これだわ」
私は目的の情報を見つけて声をあげた。
倉庫の床下から、地下道が作られている。その道は地中深く、堀のさらに下を通って、王宮の端につながっていた。エリア的に王族以外入っちゃいけないところっぽいけど気にしない。こちらに王族直系の姫君がいるのだ、大きな問題にはならないだろう。
「王宮には秘密の抜け穴があるって噂、本当だったんだ」
「ゲームだったら絶対に行っちゃいけないルートだけど、今なら大丈夫でしょ」
秘密の抜け穴は、王族だけの秘密ではない。
彼らをスムーズに避難させるため、近衛騎士の中枢メンバーにも情報は共有される。女神の作った世界救済シミュレーターには、この情報を逆手に取り、暗躍する敵キャラが存在していた。
裏切りの騎士、マクガイアである。
ゲーム内では避難路に王家の抜け穴を選択すると、ほぼ百パーセントの確率でマクガイアが登場。逃げようとするヒロインをことごとく殺害していた。
安全なはずの通路に出現する、まさに初見殺しのトラップである。
「でも、マクガイアはすでに断罪されている……」
今の近衛騎士団は父様と宰相閣下の支配下だ。
悪用する者は存在しない。安全な避難路に変わっているはずだ。
私たちは、脱出路を求めて歩き出した。
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