東部国境戦線

「で? 共有したい情報はこれだけじゃないわよね?」


 私は額に手を当てながらたずねた。うう、聞きたくない評判を聞いたせいで、フランそっくりに眉間に皺を寄せてしまいそうだ。イケメンはともかく、アレは淑女のやる表情じゃない。


「下町の被害と救援情報だけじゃ、人払いをするほどの秘密にならないわ。他でもっとヤバいことが起きてるんでしょ」

「よくわかってんじゃねえか」


 ヴァンは大きくうなずいた。


「これはまだ正式に報告されてない情報だが……昨日、クレイモア領国境にアギト国からの襲撃があった」

「なにっ?!」


 クレイモア産まれの姫君が思わず腰を浮かす。


「落ち着け、国境守備に問題はねえ。クレイモア騎士団が、きっちり追い返したそうだ。今は砦をはさんでにらみ合いしてる」

「……そうか」


 すとん、とクリスはソファに座りなおした。

 ヴァンがその背中を優しく叩く。


「さすが、国境の守護神クレイモア辺境伯だぜ。王都が危機に陥っている時こそ、アギト国からの侵略にそなえるべし、って俺がスマホで警戒を呼び掛ける前に砦の防備を固めてたんだから」

「おじい様らしい」


 老伯爵には、邪神の悪意などお見通しだったようだ。私もほっとして息を吐く。


「義母上はどうされている? あの方を防衛戦に巻き込めないだろう」


 祖父の無事を確認したクリスは、次に婚約者の母親の身を案じた。クリスティーヌの婚約を期に、母親のイルマさんもクレイモアに移ってたんだよね。


「母さんは避難させたって。国境からだいぶ離れた、スコルピオって村にいるらしい」

「いい場所に移ったわね。あそこならインフラも医療設備も整ってるから、過ごしやすいと思うわ」

「なんでお前が、東部の田舎町を知ってんだよ?」


 クレイモア夫婦の話に口をはさんだら、訝しがられた。


「スコルピオ村は、ディッツの出身地なのよ。東の賢者を見出して王立学園に送り出した名村長、ってことで他より優遇されてるの。ディッツ本人も定期的に医療支援をしてるみたいだし」


 庶民なディッツが貴族の前で名乗っている『スコルピオ』はファミリーネームじゃない。出身地を名前に添えることで、故郷をアピールしているのだ。


「東の賢者殿にゆかりのある村なら、安心だな。ええと、この話をタニアには……」

「開戦の情報はすぐに公開されるだろう。内地に避難したってとこまでは、伝えていい」

「ありがとう、きっと安心すると思う」


 ふたりは、長年王妃と戦ってきた戦友だ。やっと手にした安住の地が戦場になったと聞いたら、心配でたまらないだろう。


「あれ? クレイモア伯がアギト国軍を撃退したって、それだけ? いや戦争が始まったのはおおごとだけど、対処できてるなら機密情報ってほどじゃないような」

「まさか、他にも何か起きているのか?」


 私たちの問いに、ヴァンが硬い表情でうなずく。


「国の西側も戦場になりそうだ」

「西……っ!」


 シュゼットが息をのんだ。

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