医務室の被害

「男子は屋内での怪我がほとんどだな。落ちてきた本で頭をぶつけたやつ、割れた食器を踏んで足を切ったやつ……それから、怪我人を救助しようとして自分が怪我した奴」


 救助活動中に、レスキュー隊員が怪我するのはよくある話だ。まして、ここにいるのはほとんどが騎士見習い。救助中の事故率が高いのは当然かもしれない。


「男子寮まで崩れなくてよかったぜ。女子寮と違って、誰も外に出ろなんて指示は出してないから、何人逃げ遅れてたことやら」


 倒壊した女子寮の様子を思い出して、私たちは改めてぞっとする。今回はたまたま私が呼びかけていたからよかったものの、何も指示がなかったら女子の大半は瓦礫の下に埋まっていただろう。


「でも結局男子寮は無事だったから……重傷者は出てない?」


 クリスの問いに、ディッツがうなずく。


「命に関わる怪我をした奴はいねえ。骨折だの、切り傷だのがほとんどで、応急処置もすんでる。しかし、経過にはちょっと注意が必要だな」

「処置がすんでるのなら、あとは薬を飲んで寝てればいいんじゃないのか?」


 騎士の子として、怪我に慣れているお姫様がきょとんとする。ミセス・メイプルもおっとりと首をかしげた。


「騎士科には元々、傷手当の専門医がいますものねえ」


 生傷の絶えない士官学校ならではの人事だ。しかし、ディッツは首を振る。


「その薬が足りないんですよ」

「あなたの研究室にストックが山ほどあったでしょ」


 私はディッツの研究室を思い返す。建物を一棟まるごと改造して作った秘密基地には、所せましと薬品の瓶が並べられていたはずだ。


「あれは使えねえ。全部ダメになった」

「ダメって、あ、もしかして……」

「揺れたのは男子寮だけじゃねえんだよ。校舎も研究棟も同じ被害にあってる。もちろん、俺の研究室もだ」


 私は図書室の惨状を思い出す。

 あれと同じことが、ディッツの研究室でも起きてたのだとしたら……。


「薬品や本をいれてた棚が全部倒れて、ぐちゃぐちゃだ。ただ倒れただけならまだしも、容器が壊れて中身が混じったものも多い」

「異物が混ざった薬はもう使えないわね」

「倉庫の奥にしまい込んでた薬が、かろうじて使えるって状況だな。あとは薬草園に生えてるやつと、魔法使いの魔力頼みだ」

「困りましたね……」


 ミセス・メイプルが大きくため息をついた。


「普通の災害時なら、王都からの救援物資に頼るところなのですけど」

「王都自体が火事で大変なことになってますからね」


 フランは災害対策を進めていたと言っていたけど、王都にどれだけ体力が残ってるかはまだ不明だ。下手にアテにしないほうがいいだろう。


「ディッツ、私も治療の手伝いに入るわ。専門医じゃないけど、ある程度は……」

「お嬢は待機」


 私の提案はこつんと額を小突かれて遮られた。


「聞いたぞ。ミセス・メイプルを助けるために重力魔法を使ったんだって? まだ魔力が回復してないのに、魔力頼みの治療なんかさせられるか」

「う、でも」

「お前を倒れさせたら、後が怖いんだよ。いいから専門職に任せておけ」


 フランと同様に、ディッツもまた頼れる大人のひとりだ。ここは彼の言葉に従うのが正しい選択だろう。はがゆい気持ちは残るけど。


「……はい」

「いい子だ。ほら、友達が呼びにきたぞ」


 ディッツが視線を移す。見ると、だぶだぶの男子制服を着た女子生徒がこっちに走ってくるところだった。彼女はいつもの調子で、心配しながらぷりぷり怒ってる。


「やっと戻ってきたわね!」

「心配かけてごめん、ライラ」

「そう思うなら、ひとりで飛び出す回数を減らしてちょうだい。……手があいたのなら、来て。みんな集まってるから」


 彼女に促されて、私たちは女子生徒が集められている講堂へと向かった。



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