王家の遺伝子
東の空が明るく白んできた早朝、俺は王子とともに王立学園の廊下を歩いていた。
時折職員と行きあうが、俺たちを咎める者はいない。
夜が明けたあとなら、寮生の外出は認められている。騎士科の生徒の中には、この時間から朝練を始める者も多いからだ。
「王子、本当に調べるんですか?」
「お前も見ただろう。彼らの様子は尋常ではなかった」
俺たちが向かうのは、図書室だ。
目的は勉強ではない。昨日起きた不可解な出来事を調べるためだ。
昨日、俺たちは図書室で侯爵令嬢リリアーナたちと遭遇した。彼女たちは、俺たちに挨拶だけすると、焦った様子で図書室の奥へと向かっていった。
王妃の策略で無理やり婚約させられたリリアーナが、王子を無視するのはいつものことだ。おかしなことが起きたのはその後だ。
彼らはリリアーナを始めとして、リアクションが大きな者が多い。人の上に立つ者として、日常的に発声訓練をさせられているから、声も良く通る。
静かな図書室では、細かい話はわからなくとも、彼らがどこにいるかくらいは雰囲気でわかった。
だからどう、とも思っていなかったのだが……しばらくして彼らの声が急に聞こえなくなった。密談をしている、というわけでもない。完全な無音だ。
不審に思って彼らの向かった方向に行ってみたが、誰もいなかった。
図書室の出入り口は、ひとつだ。
自分たちが勉強していたテーブルのすぐそばを通らなければ、部屋から出ることはできない。
窓も確認してみたが、開けられた形跡はなかった。
彼らはどこに行ったのだろうか。
不思議に思って、しばらくそこで待ってみたが、彼らの行先はわからなかった。
変化が起きたのは、それから一時間ほど経過した後だった。
黒髪の少女が現れたのだ。
女子制服に、猫のような三角の耳。リリアーナの侍女のフィーアだ。
彼女は、書架の奥から現れると、急ぎ足で図書室から出ていった。俺たちが何度も確認して、誰もいないことを確認していたはずなのに。
リリアーナの周囲には、言動のおかしな連中が多い。
どうせまた、何か理解不能なことをして、騒ぎを起こそうとしているんだろう。
巻き込まれたくなくて、王子に自室に戻らないかと提案したが、彼は首を振った。
『何かが起きている』と断言し、その場にとどまることを宣言する。ただ居座るだけではない、書架の影に移動して出入りを監視するとまで言い出したのだ。
正直面倒くさい、と思ったが主の命令は絶対だ。結局王子に従って、コソ泥のように身をひそめる羽目になった。
それから何時間経っただろうか?
西の空が赤く染まるころ、フィーアが図書室に戻ってきた。ひとりではない。
彼女の隣には、シュゼット姫の世話役として王立学園に滞在しているフランドール・ミセリコルデの姿があった。
彼らはやはり急ぎ足で図書室の奥へと向かい……やはり気配が消えた。
それきり、また誰も出てくる気配がない。
やがて、図書室の閉館時間になったが、結局書架の奥は無人のままだった。王子はまだ監視を続けたそうだったが、司書に部屋を追い出され、俺たちは寮に戻ることとなった。
寮の特別室に、ヴァンとケヴィンの姿はなかった。
東の賢者、ディッツから課題を与えられて外出しているとの話だったが、おそらく嘘だろう。
王子は一晩中、何かあるとぶつぶつ言い続け、結局俺たちはまた図書室を調べることとなったのだ。
「彼らは、みんなこの歴史書の棚を目指していた……」
図書室に入ると、王子はまっすぐ奥へと向かった。並べられた本を、ひとつひとつ丁寧に調べていく。
「一番可能性が高いのは、抜け道ですが」
「王子の俺や近衛のお前が知らない隠し通路を、リリアーナ嬢たちが知っているのは、おかしくないか?」
「侯爵家独自のツテがあるのかもしれませんね」
なにしろ古い建物だ。
俺たちの知らないしかけがあっても、不思議ではない。
「それはそれで問題なような……ん?」
王子が、ふと立ち止まった。
緑色の背表紙の本をじっと見つめている。
「この本だけ、妙にほこりが少ないな……」
「最近誰かが利用したんでしょうか?」
「その誰か、が彼女たちなのかもしれない」
王子は、本を引き出そうとしたあと、何故か本を押し込んだ。ゴゴ……と重たい音がして本棚がズレ、奥に古めかしいデザインの扉が現れる。
「隠し部屋?!」
「彼女たちはこの先に行ったんだろう。急に気配が消えた理由はこれだな」
「しかし……これはどうやって中に入るんでしょうか? ドアノブも何もありませんが」
「中央に文字盤がある。ここに何か入れればいいんじゃないか」
王子は、扉に取り付けられた文字盤に目を向ける。
そこには『昏き太陽の上に捧げられた白鳥の檻を探せ』とあった。詩のようだが、意味がわからない。
「謎かけ、か。太陽が王室の象徴だとして……」
文字盤を見つめながら、王子が思考する。リリアーナの件で評価を下げている王子だが、元々は文武に秀でた優秀な王子だ。特に文学や歴史学は得意分野で、騎士科でもトップクラスの成績を修めている。こういった謎かけは得意分野だ。
しばらくして、王子は文字盤を操作し始めた。すぐに、ドアがスーッと音もなくスライドする。
覗き込んでみると、階段がずっと下まで続いていた。明かりが等間隔に設置されていて、中は明るい。
「行くぞ」
護衛の俺が止める間もなく、王子は階段を降り始める。あわてて後を追っていくと、またドアがあり、その先に妙な空間が広がっていた。
家具も何もない、ただただ灰色の壁と床に囲まれた部屋だ。
部屋の奥にはぽつんと銀のレリーフに縁どられた鏡がある。
鏡は銀色をしているくせに、何故か俺たちの姿を映し出してはいなかった。
「ふむ……」
「お待ちください」
鏡に触れようとした王子を、間一髪のところで止める。
こんな怪しいもの、王子が触って怪我でもしたら、あとで何と言われるか。
「俺が先に調べてみます」
不思議な鏡面に手をあててみる。途端に鏡は金に輝きだした。どこからともなく、男の声が響いてくる。
『遺伝子を確認。ランス伯爵の子であることを認証』
「……え?」
『第二認証に移行します。ランス家の子にログイン権限は付与されていません。ログインを拒否します』
ふっと金色の輝きが消えた。
鏡は元の銀に戻る。
「ランス家の子であることは認めたが、中には入れない、ということか」
王子はふむふむ、と頷いている。
「俺が触ったらどうなるかな」
同じ勇士の末裔でも、王家には聖女の血が流れている。伯爵家とは反応が違うかもしれない。王子は、すっと手を上げると鏡に手を当てた。
『認証エラー。遺伝子を確認できません』
「なにっ!」
ばちん、と派手な音がして王子の手がはじき返された。
「王子!」
「平気だ! ……どういうことだ? 俺はハーティア王家第一王子、オリヴァーだぞ!」
「王家と勇士では、反応が違うのかもしれません。ここは一度戻って」
「もう一回だ」
俺が止める間もなく、王子は鏡に手を伸ばす。
『認証エラー。ハーティア王家および、勇士七家いずれの遺伝子も確認できません』
ばちん! と先ほどより派手な音がして、今度こそ王子はふっとばされた。俺は慌てて駆け寄って、体助け起こす。
「お怪我は?!」
「大丈夫……だ。しかし、どういうことだ。七家はともかく、王家の遺伝子すら……確認できないとは」
「……そう、いえば」
俺たちは顔を見合わせた。
オリヴァーはハーティア王家直系の第一王子。そのはずだ。
何故認証されないのか。
結論を口にできず、俺たちは沈黙する。
「……まさか」
真っ青な顔で、王子が口を開きかけた時だった。
ずんっ、と大きな衝撃が下から突き上げてきた。
ゴゴゴゴゴゴとすさまじい音をたてて、足元が、いや建物全体が大きく揺れる。
「危ない!」
俺はとっさに王子をかばって床にふせた。
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はい、というわけでクソゲー悪役令嬢『女神ダンジョン』編完結です!
セシリアと王子の血統の謎、そして巨大地震のその後については次章をお楽しみにって感じです!
今回ほとんど何もしてないのに、またひどい目にあっている王子……強く生きてください。
次章のプロットねりねり&4巻書籍作業により、連載を休止します。
再開まで一か月ほどお待ちください!
折角なので、連載再開までの間に一度読み返してみるのもいいかもしれません。
実は王家うんぬんに関しては、書籍1巻相当ぶんからずーっとちまちま伏線がはってあったりしますので。書籍①~③は文章がまとまってて読みやすいですよ!(ダイマ)
書籍3巻、4/28発売!! 現在各種書籍サイトで販売されています!
「クソゲー悪役令嬢③王都ソーディアン~難あり縁談しか来ないけど、絶対婚約してやる!」
書籍版もよろしくお願いしますー!!!!
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