幕間:首輪つきの悪魔(セシリア視点)
「ちょっと来なさい……!」
騎士科の訓練授業が終わると同時に、私はユラを空き教室に引っ張った。人がいないのを確認してから、ドアを閉める。
「これはこれは、熱烈な逢瀬のお誘いだね」
「違います! あなた、何を考えているんですか!」
「ああこれ?」
ユラは運動着の首元をくつろげた。
白くほっそりとした首には、茨をモチーフとした銀のチョーカーが巻き付いていた。そこから胸板に向けて黒々とした呪いの模様が広がり、あちこちからじくじくと赤黒い血がにじみ出している。
「君から直接制止の命令を受けたのは初めてだったけど、効果絶大だね」
「そう思うのなら何故、あんなことを……!」
彼に呪いが発動したのは、訓練の最中だった。ヘルムートに気を取られた一瞬、この男は本気で殺すつもりでフラン様に斬りかかったのだ。私がチョーカーを通して呪いを発動させ、動きを止めなかったら彼は絶命していただろう。
「ちょっとしたイタズラ心? 一度呪いの効果を見てみたかったし」
「それが好奇心でやることですか」
相変わらずこの男は何を考えているかわからない。
「そういえば、痛覚を操作できるのでしたね。自分の体が壊れようがどうなろうが、問題ない……」
「いやいや、今はちゃんと痛覚をオンにしてるよ。君から与えられた苦痛だよ? ひとつひとつ、全部味わっておかなきゃ」
「はあ?」
驚く私に、ユラはずいっと顔を近づける。
「だいたい、このチョーカーを作ったのは君でしょ。実際にどんなことが起きるのか、確かめておかなくちゃいけないんじゃないの」
「そんなの……本当に使うつもりじゃ……!」
確かにチョーカーの製作者は自分だ。
学園に突如現れたユラの行動を制限するため、自分の命令に絶対服従する道具があれば便利だと思って設計した。今まで蓄積した知識を使い、去年ユラがアイリスに与えた残酷な呪いの道具までも参考にして作り上げた品だ。
しかし、物は作っても本気で使うつもりはなかった。
こんな道具を作ったところで、ユラが身に着けなくては意味がないからだ。
学園の工房でチョーカーを完成させ、我に返って廃棄しようとした瞬間、横から伸びてきた手がひょいとそれを掴み上げた。ユラの手だ、と思った時には遅かった。彼は私が止める間もなくそのチョーカーを自分の首に巻いてしまったのだ。
「だって君が僕のために作ってくれたアクセサリーだよ? 僕を想い、僕のことだけ考えて作ったチョーカーなんて、つけずにいられるわけ、ないじゃない」
「それがどれだけ苦痛を与えるものか、わかってるんですか?」
「わかるよ。実際に今、苦しめられてるからねえ」
クスクスとユラは笑う。
「君も知ってるでしょ? 僕がどんな存在か。君が女神の力の端末であるのと同様に、僕は厄災の神の端末だ。この程度じゃ死なない」
「う……」
「僕を殺そうと思ったら、五寸刻みに刻んで、更に灰にするくらいしなくちゃ。それだけやっても、また別のところに別の端末が産まれるだけだけどさ」
ユラの言葉は正しい。
正しすぎて吐き気がする。
「この程度の呪いで震えるなら、やめちゃえば? 僕に任せてくれたら、女神の力でいびつに歪んだ世界を全部なくしてあげるよ。君だってそっちのほうが楽なんじゃない?」
「だ、ダメ、です……それは……!」
今まで生きてきた16年の間に、新しい家族と大事な友達ができた。なくせないものが数えきれないほどある。ユラを好きにさせたが最後、それらは全て消えてしまうだろう。
「だったら、戦うしかないね」
ちゅ、とユラが私の頬にキスした。
漆黒の目が楽しそうにきらめく。
「いつかちゃんと殺してね、聖女様」
教室から出ていくユラを、私はただ見送ることしかできなかった。
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