台本

 私がレース編みの手を止めて顔をあげると、王子は冊子を三冊、差し出してきた。


「ドリー先生から、今年の台本の配布を頼まれたんだ。各担当班に一冊ずつ、それから台本を読み込まないといけない出演者に三冊」

「ありがとうございます」


 この国には紙はあっても、印刷技術はまだ存在しない。だから劇の台本みたいに同じものをみんなが共有する場合でも、そうたくさん配ることはできない。回し読みして使えってことなんだろう。


「王子に使い走りのようなことをさせるとは、あの教師……」


 ヘルムートが眉をひそめる。


「いいんだ、ヘルムート。各班の調整役に志願したのは俺だ」


 こうやって本を配ったり、仕事をこなしていればそれだけ、騎士科生徒と話す機会が増えるもんね。王子は王子なりに、状況を変えようとしているらしい。


「何をもってきたんだ?」


 私と王子が話しているのに気付いたらしい。演舞の練習をしていた銀髪三人組がこっちにやってきた。


「今年の台本ができたんですって。みんなで共有して使えって」

「オリヴァー、中を見てもいいか?」

「ああ、確認してくれ」


 ヴァンが一冊手に取ったので、私も一冊取ってページをめくってみた。クリスが後ろから手元を覗き込んでくる。


「今年はドリーがアレンジをしたのね。ふうん……」


 読み進めていると、教室のあちこちからどよめきが起き始めた。みんな台本を読むうちに、思わず声をあげてしまったらしい。ヴァンもまた、台本を読みながら首をかしげる。


「なあ……聖女の出番がめちゃくちゃ少なくなってないか?」


 ざっと見た感じ、物語は建国王と勇士の活躍が中心だった。聖女の登場シーンは10もなく、最後のキスシーン以外はほとんど活躍しない。全体的な雰囲気もロマンス劇というよりは、軍記ものに近かった。

 今までの学年演劇の傾向と比べると、明らかに異質である。

 私たちが顔を見合わせていると、アイリスとゾフィーがこっちにやってきた。読んだばかりの台本を持って、ニヤニヤ笑っている。


「リリアーナ様、今年の台本はずいぶん風変りですのね」

「わたくし、びっくりしてしまいましたわ」

「……そのようね」


 ヴァンと一緒に台本を見ていたケヴィンが、オリヴァーを見る。


「ドリー先生は何か言ってた?」

「うーん……なんでも、50年以上前の古い台本をベースにしたと」

「それって女子部ができる前ですよね?」


 数百年の歴史を誇る王立学園だが、女子が入学できるようになったのは比較的最近の話だ。そう指摘すると、王子はこくりと頷く。


「国の歴史を伝えるために、創立当初から建国神話の演劇は行われてきたんだって。でも、そのころは女子生徒がいなかったから、外部から女優を迎えて上演していたそうだよ」

「ゲストを中心にするわけにはいかないから、建国王や勇士が活躍するシナリオにしていたんですね」

「でも、どうしてわざわざそんなことを……?」


 クリスがもっともなツッコミを口にする。

 今は女子生徒がいっぱいいるもんね?


「ドリー先生が言うには、男子生徒の救済策だそうだ」

「んん?」


 予想外の理由に、王子とヘルムート以外の頭に疑問符が浮かぶ。


「例年、メインキャストは生徒間で争奪戦になるんだけど、今年は既に半分以上が決まっているだろ? それも……俺みたいに婚約者のいる生徒で」


 王子はちらりと私を見る。


「それじゃ、女子生徒の前でかっこいいところを見せたい生徒がかわいそうだ、ってことで戦いのエピソードを大きく取り上げたらしい」

「その結果、聖女のロマンス部分が削られたんですね」


 アイリスとゾフィーは、にんまりと笑う。


「こんなに活躍の場が減らされるなんて、リリアーナ様おかわいそう」

「ドリー先生、リリアーナ様がお嫌いなのかしら」


 むしろ愛しか感じませんが何か?




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る