デートしよう

 翌日、約束通りシルヴァンと私は港町カトラスにお出かけした。

 仕事を抱えて王都にとんぼ返りした父様だけでなく、クレイモア伯も今日は同行してない。若いふたりでごゆっくり、ってやつだ。


 といっても、現代日本とは比べ物にならないほど治安の悪いこの世界で、身なりのいい貴族の子供をふたりだけで外出させるような大人はいない。

 私たちふたりの数歩後には、地味な外出着の下に武器を隠したジェイドとフィーアが。さらに、十数メートル離れたところに武装したクレイモア家の屈強な護衛騎士が3人ほどついてきている。


「ボクの護衛騎士がものものしくてごめんね? クレイモア家の者として、常に周囲を警戒する必要があるんだ」

「気にしないで。うちだって、護衛を連れてるのは一緒だし」


 人にお世話されるのが当たり前の貴族にとって、護衛や従者は黒子のような存在だ。そんなのいちいち気にしないのが淑女のマナーだ。だから、これは実質「ふたりきりのデート」と言っていい。


「リリアーナ嬢、今日はどこに行こうか」

「リリィでいいわよ。私もシルヴァンって呼ぶから。そうね……市場のほうに行ってみない? 地元料理の屋台とか、見て回りたいのよね」

「えっ、輸入ものの宝飾店とか、仕立て屋とかじゃなくていいの?」

「どうして?」

「いやその……女の子は、そういうところのほうが喜ぶって……」


 シルヴァンはちらっと後ろに控えている護衛騎士を見た。

 3人いる護衛のうちのひとりは、女性の扱いが上手そうなこざっぱりとしたイケメンだ。彼あたりが、エスコートの作法を指南したのだろう。

 ご令嬢としては紳士の提案に乗ってあげたほうがいいのかもしれない。


 だが、私は紳士淑女のやりとりがしたいわけじゃない。

 目の前にいる「シルヴァン」と仲良くなりたいんだ。


「宝石も衣装も嫌いじゃないけどね。でも、あなたはそうじゃないでしょ。全然興味のないお店に付き合いで入って、楽しい?」


 そう言うと、シルヴァンはふるふると首を振った。

 そもそも、自分の興味のないことに付き合わされるのが苦手な子なんだよね…。

 ゲームでさんざんシルヴァンルートを通ったから、彼女の趣味はわかっている。1に鍛錬2にお肉、34が装備で、5が鍛錬だ。

 繊細そうな見た目と、『男装の麗人』というキャラ付けに騙されて、お花や宝飾品を贈り、何度アイテムを無駄にしたことか。

 デートの行先に仕立て屋を選んだら、好感度が上がるどころかマイナスになったからね!

 普通、『デートする』ってコマンド実行したら、失敗しても少しはパラメータが上がるもんじゃないのかよ! ってコントローラーをぶん投げそうになったわ。

 まあ……現実世界では、デート先で喧嘩して別れるカップルとか普通にいるから、ある意味正しいパラメータ処理なのかもしれなかったけど。


 それはおいておいて。


 シルヴァンと仲良くなるつもりなら、わざわざ興味のないところに行ってもしょうがない。

 彼女が楽しいと思えるところに行かなくちゃ。

 幸い、私も市場に興味がある。


「私、お父様の代理で領地のお仕事をしてるの。だから、カトラスでどんな品物が売られてるか知りたいのよ」

「ここは他の街にはないものがたくさんあるもんね」

「地元の変わった味付けのお料理も、いろいろ食べてみたいんだけど……ひとつ大きな問題があるの」

「も、問題? 食べられないものがあるとか?」

「私、まだ子供だからそんなにたくさん食べられないのよ」


 大真面目に言うと、シルヴァンがきょとんとした顔になった。


「どこかに、一緒にたくさん食べてくれる人がいると、とっても助かるんだけどなあ……」


 じーっとシルヴァンの顔を見つめてみる。彼女はすぐに笑い出した。


「わかった! 一緒にわけあって食べよう」

「お願い!」


 私たちは、市場に向けて元気よく歩き出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る