クレイモア辺境伯のお家事情

 クレイモア辺境伯家。

 うちのハルバード家と同様に、建国の7勇士を先祖とする古い家系だ。

「辺境伯」というと、国のはしっこだから田舎貴族っていうイメージがあるかもしれない。しかし、「辺境」とは「国境」。領地は東の隣国アギト国との境にあり、かの国からの侵攻を食い止め、ハーティア中央部を守る役目を代々担っている。

 歴代の当主はクレイモア騎士伯とも呼ばれ、王のみならず他貴族全てから特別な敬意を持って遇される騎士の名門だ。


「その名門辺境伯爵家が、まさかこんなバカな嘘をつくとはな……」


 カトラスについた翌日、人払いをした別荘の談話室でお茶を飲みながらフランがため息をついた。


「だからこそ、今までバレなかったんじゃない? あのクレイモア伯がまさか! って感じで」


 今日は長旅の疲れを癒す日、と決めて談話室のソファでごろごろしながら、私は相槌を打った。


「クレイモア家は、男子相続が鉄則のお家だもんね……」


 フランの実家の跡取が、姉のマリアンヌさんなことからわかる通り、ハーティアでは一定の条件さえ満たせば女子でも家督を継ぐことが認められている。子供が大人になるまで生き残ることが難しい、この国の社会情勢を考えると当然の話かもしれない。


 そんな中でも、絶対に跡取は男子じゃなきゃダメ! っていう家がいくつかある。建国王の流れをくむ王家と、男所帯の軍隊を率いる騎士伯家だ。強い男子じゃないと、統率がとれないからってことらしい。現代日本でそんなこと言ったら男尊女卑がーって言われるかもだけど、実際にハルバード家の常備軍を見て来た令嬢としては、それもしょうがないかなって思う。彼らが話をきいてくれるのは、私が最強騎士の娘で、隣にフランを従えてるからだ。私ひとりだけだったら、絶対にまとまってくれてないと思う。


 そんな、跡取絶対男子主義のクレイモア家に悲劇が訪れた。


 クレイモア伯の嫡男夫婦が、相次いで死亡してしまったのだ。表向きは事故死ということになってるけど、運命の女神にもらった攻略本には「アギト国から送り込まれた刺客による暗殺」とはっきり書かれている。


 残されたのは、生まれたばかりの孫娘だけ。


 本来なら、親戚筋の有力な男子を養子に迎えるべき事態だ。しかし、クレイモア伯は誰も選べなかった。病弱で軍に向かない子か、私利私欲を貪ることしか頭にないダメ人間しかいなかったのだ。

 だからといって後継者指名をしないで放置すれば、絶対に親戚同士の争いが起きる。クレイモア領を安定させるため、ひいてはハーティアを守るため、クレイモア伯は苦肉の策とった。それが「孫娘を男子として育てる」だ。

 乳飲み子とはいえ、直系の健康な男子が残されているのなら、周囲を抑えられる。


「しょうがなかったとはいえ、クレイモア伯もすごい嘘をつくよね」

「……これは憶測だが」


 眉間に皺をよせながらお茶を飲んでいたフランが顔をあげる。


「クレイモア伯も一時的な措置のつもりだったんじゃないか」

「いつかは女の子だってばらすつもりだった、ってこと?」

「息子夫婦が亡くなった当時、クレイモア伯はまだ50代だ。若い側室を迎えれば、子供が望めない歳じゃない。親戚の中に有望な男の子が生まれる可能性もあるだろう」

「ふむふむ、シルヴァンはあくまでも繋ぎ、ってことね」

「しかし、結局代わりの男の子は生まれなかった」

「子供は授かりものだから、そうそう思い通りにはいかないよね」

「いや、多分そういうことじゃない」

「え?」

「クレイモア伯の息子夫婦はアギト国に暗殺されたんだろう? だとすれば、他の有力な男子もまた……」


 フランは、とん、と手で自分の首を切るしぐさをする。

 うわあ、そんな黒い真相知りたくなかった。


「それで、出来上がったのが男装の麗人キャラとの禁断の百合ルートなわけね……」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る