悪役令嬢はバカンスがしたい

悪役令嬢のお誕生日

「リリアーナお嬢様、13歳のお誕生日おめでとうございます!」


 使用人たちの元気な声が、ハルバード城のメインホールに響き渡った。


「私のためにお祝いしてくれてありがとう。みんな楽しんでね」


 いつもより着飾った私は、にっこりと笑ってお礼を言う。使用人たちから歓声があがって、ハルバード城のささやかなパーティーが始まった。


「ご主人様、お誕生日おめでとうございます。飲み物をお持ちしましたよ」


 赤いリボンをつけたメイド姿の女の子が私にコップを差し出した。真っ黒な髪の頭の上には、猫のようなふわふわの三角の耳がついている。獣人メイドこと、フィーアだ。


「ありがとう、フィーア」


 カップを受け取ってお礼を言うと、フィーアは金色の目を細めて笑った。

 かわいい、めっちゃかわいい。

 暗殺者集団から解放されて、うちで働き始めてから2年。栄養たっぷりのごはんをしっかり食べて育った彼女は、文句なしの美少女になった。しかも、真面目に頑張ったおかげで、今では読み書きも作法もほぼ完ぺきだ。


「お嬢様、シェフ特製のディナーもどうぞ」


 今度は従者のジェイドが声をかけてきた。背の高い彼と目をあわせるため、私は顔をあげる。

 この2年で一番見た目が変化したのはジェイドだ。成長期を迎えて毎日のようににょきにょきと背が伸びた彼は、すっかり大人と変わらない背丈になっている。ゲームの通りなら、ここからさらに20センチは伸びるはずだ。私がいろいろ介入したせいで、性格とか人生とかだいぶ変わったけど、DNAに関する部分は変わらないと思うんだよね。

 繊細でかわいかった顔も成長にあわせて変化した。まつ毛が長くて繊細なところは変わらないけど、その後に続くのは『かっこいい』という形容詞だ。

 うん、今日もかっこいいぞ、私の従者!


 お気に入りのふたりに、大好物のディナーを給仕してもらって、私は上機嫌で食事する。

 ホールでは明るい顔の使用人たちが、入れ代わり立ち代わり、お祝いの言葉を口にしては、踊ったり歌ったり、と私を喜ばせる余興をしてくれた。


 実はこの誕生日パーティー、ハーティアの慣習にはないものだったりする。

 誕生日は家族の祝い事なので、だいたいは親が企画して親戚や友人など縁のある人々を招くのが普通だ。

 でも、現在父様は王都で第一師団長という激務についている。母様も父様のサポートで手一杯。兄様は兄様で、王都の学校に通っているから、全員おいそれハルバード領に帰ってくることはできない。その上、10歳のお茶会デビューで失敗した後、ほぼ領地に引きこもってきた私には、個人的なお友達もいない。


 誕生日に領地でひとりぼっちではかわいそう……と、見かねた使用人たちが自発的にパーティーを企画して祝ってくれるようになったのだ。


 何この優しい世界。


 今年は2回目だからにこにこ笑って参加してるけど、12歳の誕生日を突然祝ってもらった時には、ホールでマジ泣きしたからね?

 めちゃくちゃ使用人の数が多いはずなのに、いい人しかいないってどういうことなの。


「リリィ、誕生日おめでとう」

「もう13歳かー、でっかくなったもんだな」


 私の補佐官フランと、家庭教師のディッツがそろってやってきた。

 すでに成人しているふたりは、2年がたってもあまり見た目が変わらない。しいていえば、ディッツのちょい悪ぶりが増したくらいかな。


「ディッツ、成長を祝うにしても、もっと言いようがないわけ? でかいはないでしょ、でかいは」

「背が伸びたのはいいことじゃねえか」

「女の子にはもっと言うべきことがあるでしょーが」


 うちの魔法使いにはデリカシーはないのか。


「女性の魅力云々言うにはまだ……な……」


 フッ、とフランが鼻で笑った。

 うちの補佐官にもデリカシーはないのか!!!!

 これでも『つるぺた』から『ふっくら』くらいには成長してるんだからね!


「ジェイド、ふたりをホールからたたき出して」

「いいのか? そんなことをしたら、プレゼントが受け取れなくなるが」


 フランがリボンのついた箱を取り出した。長さ1メートルほどの細長いそれをわざとらしく見せつけてくる。


「それちょっとずるくない?」


 私が口をとがらせながらも手を出すと、フランはプレゼントを渡してくれた。見た目に反して、その箱はずっしり重い。


 何が入ってるんだろ?



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