ハルバード家に潜む悪意

「そちらの状況を、詳しく教えてくれ」


 眉間にくっきりと皺を刻みながらフランが尋ねた。


「ハルバード城にアギト国のスパイが何十人も潜伏してるの。彼らを招き入れた主犯の名は、クライヴ。ハルバード家を取り仕切る執事よ」

「執事といえば、使用人の一切を管理する立場じゃないか……」

「うちの家においては、それ以上の権限を持ちます。領地の産業の管理、税収の処理、騎士たちの装備の管理……彼はありとあらゆる業務に関わっていますね」

「先代ハルバード侯爵時代はそこまでじゃなかったんだけど、父様の代になって任せる仕事を増やしたみたいね」


 とはいえ、有能な部下を頼る、という選択自体は間違っていない。

 なにしろ父様は剣術に秀でていても、政治や経済に関してはポンコツなのだから。下手に実務に関わってたら、世界の終わりが来る前にハルバード家が終わってたと思う。


「クライヴは長年、執事という立場を利用してハルバードを裏から操っていたようです」

「本格的に動き出したのは、有能だったおじい様が死んだあとからね。……それでも10年以上は裏切ってたことになるけど」

「よく今まで発覚しなかったな」

「うちの両親は内政に興味がありませんでしたから。……それに、クライヴ自身、甘い汁を吸いつつもハルバードの領地を食いつぶすような真似はしてませんし」

「えっと……執事様、って、実はいい、人?」


 ジェイドがううん、と首をひねる。


「違うわ。うちを潰したら、もうそれ以上オイシイ思いができないからよ」


 金の卵を産むガチョウをわざわざ殺す馬鹿はいない。うまく太らせて、毎日ひとつずつ、卵をいただくのだ。


「表向き、うまくいってるほうが、汚職は発覚しづらいからな……」

「そうしておいて、裏でちょっとずつ私腹を肥やして、ちょっとずつアギト国のスパイを採用していって……更に、侯爵家の人間もちょっとずつ洗脳していったの」


 リリアーナを宝石好きのワガママな子供に仕立てたのはクライヴだ。バカな買い物をさせれば、裏金づくりのいいカモフラージュになる。

 父と母の適当すぎる行動を諫める家臣がいなかったのもクライヴのせいだ。両親が問題に無関心であればあるほど、クライヴが裏で糸を引きやすい。だから、まともな部下は真っ先に排除された。

 兄が家の中で孤立していたのも、やっぱりクライヴのせい。優秀な跡取りなんて、家にいないほうがいい。家族嫌いにして出奔させたほうが楽だ。


 おかしいと思ったんだ。

 父様も母様も、お花畑な部分があるとはいえ真っ当な人たちだ。兄だって、生まれた時から家族を嫌っていたわけじゃない。

 15歳の子供に『妹なんか死ねばいい』とまで言わせたのは、すべて悪質な洗脳が原因だ。


「執事の暗躍に気づいたのは何故だ? そこまで巧妙だったのなら、そうそう気づくことなどできそうにないが」


 実際、ゲームの歴史ならハルバード家が滅びるその時まで、彼の犯罪は明るみに出ないしね。


「ここ10年の帳簿からですね。学園を休学して実家に籠ることになったでしょう? ただヒマを持て余すのは勿体ないので、今のうちから領地の金の流れを把握しようと資料を見ていたんです。そうしたら、ところどころで数字がおかしいことに気が付いて……」

「王都にクライヴが居残っててくれてよかったわよね。彼がそばにいたら、うまくごまかされてたと思うから」


 兄様が自分で好きに経理書類を見ることができる、今のタイミングだからこそ犯罪に気づけたのだ。


「両親が社交を終えて領地に戻れば、クライヴも戻る。そうなればこれ以上調査することはできない。俺は……いや、俺たちは経理書類を検算し、大急ぎで汚職の証拠を集めているところだったんです」

「おかげで毎日計算地獄だったけどね!」


 ふふん、と鼻息荒く私は胸をそらせた。


「どうしてお前が威張るんだ?」

「証拠集めの功労者だからよ!」


 そう言われてもぴんとこなかったらしい。フランは怪訝そうに首をかしげた。


「俺も意外だったんですが、実はリリィは計算が早いんですよ。そろばんを持たせたら、熟練の経理担当者より早く検算します」

「ふっふっふ、もっと褒めていいのよ!」

「はいはい、えらいえらい」


 なでなで、と兄様が私の頭をなでた。

 ふふん、もっとなでていいのよ?


「なるほど、彼女の功績はともかくとして……状況はわかった。ハルバード城に味方はほとんどいないんだな」

「そうなるわね!」


 私が断言すると、フランは肺の空気を全部吐き出すような、深々としたため息をついた。


「孤立無援で味方は子供ばかり……よくこんな状況で、俺を助けると言ったな?」


 状況と感情は別問題だと思うの!!!!


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