足掻いてから死ね

「あんたをいらない、って言ったのは父親や姉じゃない。ラトリア伯か、叔父さんとか叔母さんとか、そのへんの親戚じゃないの?」

「それは……そうだが」


 答える声は、動揺のためか、微かに震えている。覚えがあるのだろう。

 まあ、私もそんな感じの回想をゲーム画面で見たから言ってるんだけどね!

 ある意味ズルだけど、それは棚に上げておく。

 ズルして人を救っていい、って運命の女神様にお墨付きをもらってるし!


「全部嘘に決まってるでしょ。あんたに宰相家で活躍されたら邪魔だからそう言ったのよ」

「だが……俺に継承権がないのは事実だ。取るに足らない者だからこそ、そんな条件をつけて産ませた」

「逆よ」


 私は一歩、フランドールに近づく。


「どうしても、あなたに産まれてきてほしかったから、不利な条件でも受け入れたのよ」

「そんなこと、あるわけが……」

「ないとは言い切れないでしょ」


 ぐ、とフランドールが黙った。


「家族と過ごしてきて、自分が愛されてるって思った時が一瞬でもなかったとは、言わせないわよ」

「……っ」

「それに、あなたに生きていてほしい、って願ってるのは家族だけじゃないわよ。あなたのことを先輩、って尊敬している兄様だって心配してる」


 もう一歩、私は進む。

 ここはフランドールの手が届く距離だ。危険だとは思うけど、寄り添うためには必要な距離だ、と思った。


「私も、あなたには生きていてほしい」

「何故お前が? ほとんど会ったこともないだろう」

「そうねえ……」


 攻略対象は救国のキーパーソンだとか、本来の彼が情に厚く優しいひとだからとか、いろいろ理由はある。

 でもそれはゲームの中で彼の人生を覗き見たからだ。今そんなことを説明しても、彼は納得しないだろう。

 私自身の感情だって、それだけじゃない。


「ごちゃごちゃした理屈は横に置いておいて、単に生きてる人に生きててほしい、って思うんじゃ駄目?」

「……単純すぎる」

「そう? 悪いことじゃないと思うわよ。生きてるって素晴らしい、それでいいじゃない」

「……」


 フランドールは体を起こしたまま、私をじっと見ている。私もその視線を見返した。


「だいたいねえ、馬鹿みたいだと思わない? 他人の悪意に流されて死を選ぶなんて」

「……ん?」

「考えてもみなさいよ! 絶対あんたが死んだら喜ぶわよ! マクガイアも、ラトリア伯も! それってなんか腹たたない?」

「……まあ……そう、かな……」

「私だったら、どうせ死ぬなら力の限り嫌がらせして、最大限の迷惑をかけてから死んでやるわ! 絶対、思惑通りにおとなしく死んでやらないんだから!」


 人には生まれながらにして生きる権利があり、人生は自由に生きるものである。

 現代日本でそう教えられて育った小夜子のせいだろうか?

 それともワガママ放題に育てられてしまったリリアーナのせいだろうか?


 私には、他人の思惑に左右される貴族の人生が理解できなかった。


 どうして父様も母様も太って身を隠す必要があるのよ!

 どうして兄様がストーカーのとばっちりを受けてるのよ!

 どうしてフランドールが家の犠牲にならなくちゃいけないの!


 好きに生きて何が悪いの!!


「どうせ死ぬなら、最後まで足掻いてから死になさい!」

「は……ははは……っ」


 苦しそうに体を折り曲げて、フランドールが笑い出す。


「ワガママな妹だと聞いてはいたが……これほどとはな」

「私、間違ったことは言ってないわよ!」

「……率直に感情を言葉にできる、それこそが一番のワガママというものだ」


 ふう、とフランドールは息をついた。


「そうだな……今ここで俺が死んだところで、周りが喜ぶだけだな」

「わかってくれたの?!」

「ああ。俺を追い詰めたことを、地獄で後悔させてから死んでやる」


 フランドールは、にぃっと魔王のような黒い笑みを浮かべた。


 ……あれ?

 なんかヤバそうなものを覚醒させちゃった?!






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る