フランドール
「リリィ? 俺がお茶をいれてくれなきゃ、食事しないってどういう風の吹き回し……」
「お兄様、しぃー」
ディッツの離れにやってきた兄様に、私は静かにするよう告げた。何かを察したのか、兄様は後ろ手にドアを閉めて、私のそばへと近づいてくる。
「ごめんなさい、お茶のお願いは嘘なの。使用人に気づかれずに離れに来てもらいたくって」
「……何事だ?」
「緊急事態よ。奥に来て」
私は、兄様と一緒に小屋の奥へとむかった。普段はディッツとジェイドが寝床にしているエリアだ。現在はディッツ用のベッドの上に、別の人物が眠っている。
「ディッツ、容体は?」
「そこそこヤバいが、死ぬことはねぇよ」
「賢者殿、彼は誰ですか? それに、ジェイドの姿が見えないようですが」
「弟子は捜索に出てもらってる。それから、こいつは……」
「お兄様のよく知ってる人よ。顔を見て」
そう言われて、ベッドの奥を覗き込んだ兄様は、私がしたのと同じように息をのんだ。
「……フランドール先輩?」
「ええ、そうよ」
この色っぽい特徴的な泣きボクロ、見間違えようがない。
彼はハーティアで王家に次ぐ権力を持つ宰相家の息子、フランドール・ミセリコルデだ。
「どうして、こんなところに?」
「それは私もわからないわ。薬草の採取中に偶然、彼が襲われているところに居合わせたから」
「賢者殿、襲撃者は何者ですか?」
「遠目だったからな。黒装束の男が4人、ってことくらいまでしかわからねえよ」
「あなたの印象でいい、他に何か感じたことはありませんか」
「……そうだな、玄人、おそらくプロの殺し屋だ」
「そうでしょうね。そこらの盗賊程度に、先輩が遅れをとるとは思えません」
私もそう思う。
私は心の中で兄の言葉を肯定した。
フランドール・ミセリコルデ。
彼は去年の王立学園主席卒業生だ。ゲームの中ではその後宰相に就任し、崩れ行くハーティアを支えるひとりとして活躍する。彼のように家を背負う立場の者が通うのは騎士科、つまり戦闘訓練必須のコースである。そこで主席の座を勝ち取るには、かなりの戦闘力が求められる。
実際、ゲーム内では、槍と魔法を使いこなす、お役立ちオールマイティーキャラだった。
その彼を追い詰めて崖から落とすなんて、相当の手練れでなくてはできない。
「なんでこんなことになってるのかしら……」
「宰相家は敵が多いからな。王都で何かあったのかもしれない」
ゲームの中の進路は宰相だ。こんなところで殺されたりするような展開はなかったはずである。それよりはむしろ、現在の宰相様のほうが死ぬ可能性が……。
「ん……っ」
眠っていたフランドールの長いまつ毛が揺れた。
苦しそうに顔をしかめて、それからゆっくりと青い目が開かれる。
「う……あ?」
「先輩!」
起きた!
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