悪役令嬢の濃すぎる家族

「はあ……」


 私はベッドの上でため息をついた。

 乙女ゲーム転生、悪役令嬢。正直頭がついていかないことばかりだ。

 だが、このままうずくまっているわけにはいかない。なにしろ、5年後には厄災が起きてこの国どころか星がまるごと滅びてしまうのだ。


 せっかく健康な体に生まれ変わったというのに、前世の年齢に追いつく前に死ぬわけにはいかない。


 まずは現状把握だ。

 私はベッドからおりてみた。


 視線が低い。

 よろよろとおぼつかない足取りで姿見の前に出ると、そこには10歳の少女が映っていた。

 艶のある長い黒髪。ルビーのような赤い瞳。

 はりのある白い肌は、健康そうな薄紅に色づいている。


「美少女だ……」


 ちょっときつめの顔立ちだけど、私は間違いなく美少女だった。

 すばらしい。悪役令嬢が地味顔じゃ、ちょっとカッコつかないもんね。


 鏡の前でニヤニヤしていると、部屋のドアがノックされた。

 メイドかと思ったら、違った。


「リリィ、目が覚めたのね!」


 ノックの返事も待たずに、巨大な布のカタマリが部屋に入ってきた。


「お、お母様……」


 シルバーブロンドにルビーアイの女性。今世のお母様だ。

 一目で上流階級出身だとわかる、上品な物腰の人物なのだが……彼女は余計なものをたっぷりとため込んでいた。


「あなたがお茶会で倒れたと聞いてから、もうお母様は心配で心配で……」


 ぷくぷくの白い手で頭を撫でられる。ぎゅっと抱きしめられると、胸と腹のクッションが私の体を包み込んだ。そう……母は、スーパーダイナマイトマシュマロボディだった。

 どうやって、このマシュマロから自分のような美少女が産まれたのか謎である。


「リリィが目覚めたというのは本当かい?」


 バタン、とドアをあけてもう一人の人物が部屋に飛び込んできた。

 こちらも一目で高貴な育ちだとわかる黒髪の上品な紳士で……母と同じサイズ感のスーパーマシュマロボディだ。


「お父様」


 私が母の肩ごしに声をかけると、父は目じりを下げてほっと嬉しそうに笑った。

 大きな手で優しく私の頭をなでてくれる。


「よかった……この宝石のような瞳が、もう一度輝くところが見られて安心したよ」

「お父様、おおげさですわ」

「それくらい嬉しいってことだよ」

「……チッ、生きてたか」


 忌々しそうな声が、両親の喜びに水をさした。


「アルヴィン!」


 私たちが振り向くと、そこには私とそっくり同じ黒髪と赤い瞳をした少年が立っていた。両親と違い、私と兄弟であることがよくわかるきつめの美少年。5歳年上の兄、アルヴィンだ。


「父様が飛び出していくから、やっと死んだかと思ったが。存外にしぶといな、リリアーナ」

「お前、実の妹に対してなんてことを」

「妹だからこそですよ、父様。王妃様主催のお茶会で、辺境伯の孫にコナかけて、第一王子とお茶が飲めなかったからといって癇癪を起して、止めに入った宰相の息子であるフランドール先輩の手を振り払ってコケて、頭を打ったバカ娘に生きている価値なんかない」


 さっさと死ね。

 そう言い捨てて、アルヴィン兄様は去っていった。


 リリアーナ・ハルバード。

 侯爵家の長女である私は両親に溺愛され、兄から嫌われていた。






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