7.やっぱりダンジョン2階層に行きたい


 とある夜、命の水亭の奥のテーブルにて。

「うむ、こげなもんじゃろなぁ……」

 大工のニックが書いた設計図を前に、アレンダンは腕組みして唸った。

「すっげぇ良いんだけど。良いんだけど……圧倒的に」

 アレンダンは項垂れて息を吸い込んで、口を開く。

「金が足りんな」

「金がない」

 ニックとアレンダンの声が重なった。

「まずは受付カウンターと解体場と保管庫ですね。そこから少しずつ増築する予定で」

「まあ、そいがよかな」

 アレンダンはゴソリと皮袋を出した。

「とりあえずこれでお願いします。残りのあと4分の1は来月払います」

「こいはたまがっ…いやいや、ビックリしたな。いいのか?」

「お願いします。早めに作ってもらいたいんですよ」

 会話の初めごろは言葉に気を遣ってくれていたニックだが、徐々に素の言葉が出つつあったところ、銀貨がぎっしり詰まった皮袋にびっくりしたのか言葉が戻った。

 ニックだけでなく、他の人も少しずつボルカノ独特方言の割合が増えつつある。わからない時は素直に聞けば良いだけなので、アレンダンはあまり気にしていない。

「タイフーンに強い感じでお願いします。あ、あとミクシちゃん、お酒を2つお願いしていい?」

「はーい!」

「ギルドん方は任せっくいやい」

「はい!」

 男たちはガシリと握手を交わした。


「さて〜」

 ついでではないけれど、ニックに黒板をひとつ頼み、それを担いだアレンダンは、ダンジョンの入り口にいた。

「こいつを入洞専用」

 今まで入り口に設置してあった方をチェックして古いものと思われるものを消し、上の方にペンキで『入る時はこちら』と書き足した。

日付を左端に書いておいて、名前をその欄に書き直す。

「で、こっちが出洞用」

 同じように『出る時はこちら』と『消さないでください』と、日付と名前を書く欄の表がペンキで書かれたものを、反対側に設置する。

 岩に引っかける釘を打つのは重労働なのだが、コレはアレンダンにとっては造作も無い。


(スキル様々だよな)


「さて。分解」

 岩肌の特定の部分に意識を集中すると、3センチ角の範囲がゴソリと動いた。その部分だけがまるで砂のようにさらりと崩れる……が、砂は下に落ちずに震え出した。

 其処の真ん中に、アレンダンはL型の鉄の棒を突き刺す。


「再構築」

 震えていた砂がみるみるうちに粒子を大きくし、数秒で固まった。

 そうやって岩肌にガッチリ固定したフックに、黒板を取り付ける。とらない


 魔力をだいぶ使うので、変化させる量はあまり望めないのだが、物質を分解、再構築するのがアレンダンの自慢の特殊スキルだ。


 元々器用な方ではあるのだが、魔物や獲物の解体にも応用すると便利なのだ。他にも、錆びた剣を分解しある程度元に戻すことも可能だ。分解、再構築風する時の変化を見定めれば鑑定の真似事も出来る。

「魔力使うけどな」

 アレンダンの魔力量はさほど多くはない。魔術師になれるほどの量ではないと言われているし、本人も自覚している。だからこそ、魔力操作の訓練を重ねて、魔力を温存しているのだ。


「今日はやっぱり2階層に行きたいからな」

 ふんふんと鼻歌を歌っていたら、ダンジョンから数人の女性が出てきたので慌てて挨拶をした。


「泥パック用の泥をとってきたのよ〜」

「肌にいいのよ」

「宿の石鹸にも入ってるのよ」


 1人は命の水亭で働くファナだったので、何処で取れるのか、などを軽く世間話をしてから別れた。


「また後でね〜」

「はい、帰りは気をつけて」


 手を振って別れた後も、女性たちはチラチラとアレンを振り返るので、その度に手を振った。大体どんなことを言われているのかは分かっている。悪口でなければいいけどな、と心中は複雑だ。


「さてと」


 アレンダンは気を引き締めると、あっという間に鼻歌まじりにダンジョンの一階層を通り抜けた。泥パックの泥になるという石の場所は心のメモにしっかり書き留めて。

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