ボルカノダンジョンへようこそ!
ひらえす
序章
1.冒険者アレンダンの場合
新作始めました。
序章は3話あります。
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彼の名前は、アレンダン。平民なので苗字はない。あえて家族というか血族のようなものを示す名を挙げるとしたら『隣国の
文字通り孤児で、15歳までは孤児院で育った。両親は元は冒険者であったらしいが、この王都にたどり着く直前で病に倒れ、父が先に亡くなり、母はアレンダンを産んですぐ亡くなったそうだ。どうやら他に身寄りはなかったようで、そんな彼らの冒険者証を、アレンダンは今でも大切に持ち歩いている。
アレンダン個人としては、スキルのおかげもあってまあまあ上手く冒険者をしていたと言っていいだろう。決して戦闘向きではないスキルではあったが、そこは生来の器用さでこなしながらやって来たつもりだ。パーティーを組んだこともあったし、ソロでもダンジョンに潜れるくらいの実力もついたつもりだ。身体が資本だと言い聞かせながら、とにかく堅実に、怪我をしないように最新の注意を払った。そのお陰で、ランク3まで上がって来れたと信じている。
(なのにコレはどうした……)
目の前に居るのは、同じく隣国の
「おい!聞いてるのかよ!」
トーヤは持っている木のジョッキを、ダンとテーブルにぶつける。
「聞こえてるよ」
アレンダンはため息と一緒にエールを飲み込んだ。トーヤの愚痴は止まらない。
(つい先日まで、若い女の子の長いお喋りは無駄だとか色々言っていた癖にこれか)
仲間に対する感情として少々冷たいのかもしれないが許して欲しい。
(これでも、本気で惚れてたんだよ。トーヤ、お前の婚約者にさ)
アーニャ…最近知った本名は、アナスタシア•マリウス•ランカスタ。
(伯爵令嬢だったとは恐れ入ったよ)
ランカスタ家の3女だったらしい。確かに時々良い家の娘のような所作が出るとは思っていたが、伯爵令嬢が男2人とパーティーを組むなんて、普通は思わない。アーニャは剣も弓も使えるオールラウンダーで、長剣勝負だとアレンダンもちょっと勝てないと思うくらいには強いので、まあ問題ないのかもしれないけれど。
(ま、今思えば……護身の魔導具が
アーニャがトーヤに本気で惚れ込み、実家から『跡取り予定だった長兄が事故で亡くなった。お前が跡を継げ』の知らせに、『継いでもいいから結婚相手は自分で決めさせろ』と返し、そのドラマティックな展開の末に目の前で双方が公開プロポーズしたのを見せつけられたのは、つい3ヶ月前のことだ。
(……応援しようとおもってた、いや思ってるんだぜ)
トーヤの愚痴は、マナーレッスンが面倒臭いだの剣筋が粗野だのネチネチ言われて煩いだの、アーニャも慰めてくれない、義実家から守ってくれないだの、そろそろ5周目だろうか。
(アーニャの方は、女々しいだの根性が足りないだのなんだの……なんか言ってたよなぁ)
アーニャは……いやもう貴族な上に婚約中なのでアーニャ様と言った方が良いのかもしれないが、そんな彼女自らちょくちょくアレンダンを呼び出しては以前のように飲んで愚痴をこぼしていくのは、もうやめた方がいいと一昨日言ったばかりだった。
『アーニャ、いやアーニャ様』
『なによ。ちょっとやめて』
『貴方様は貴族だ。貴族に戻られた。そして、自分の愛する人を手に入れようとしているのでしょう。トーヤ、いやトーヤ子爵令息は今頑張っている。それを支えてやって下さい。愚痴や文句は、使用人や本人に言って、互いに乗り越えた方が良い。外で俺相手に愚痴を言っても、俺はもうそれを取りなすことはできなくなるんだ。俺は身寄りのない平民なんだから。そうだろう?』
最後は口調が乱れたが、許して欲しい。そろそろ2日ごとに双方から愚痴られるのは我慢の限界だった。
『夫婦になるんだ。2人で喧嘩しながらでも乗り越えないと駄目だろう? ほら、お付きの人が可哀想だからもう……帰った方が良いですよ。アーニャ様』
『酷い……!』
『結婚前の伯爵令嬢が、こんな酒場に入り浸る方が良くないでしょう』
『だって、私だって冒険者よ!』
『アーニャ様』
アレンダンとて、目つきが悪くなったのは悪かったと思っている。
(でもさぁ……伯爵家から『娘と会うな。結婚前に醜聞は困る』とか言われたんだぜ。なんで俺まで巻き込まれないといけないんだよ)
『もう、貴女の冒険は終わりです。女伯爵になるのでしょう』
『だからって息抜きもできないの?』
『息抜きは、トーヤ様としてください』
一昨日の会話を思い出して、さらにため息とエールを喉の奥に流し込む。通りがかりの顔馴染みの給仕に、アイコンタクトでおかわりをお願いした。
アレンダン個人的には、ちょっと危ういなと思っていたし、どうやらそれはこの酒場のマスターや給仕の女達、馴染みの飲み友達までもそう思っていたらしい。
———あの2人は、
そう言われて、アレンダンは頭をバリバリかいた。ストレスが溜まるとやってしまう、悪い癖だ。
(俺が甘やかしちまったんだよな……)
それぞれが、それぞれの理由で大切な仲間だったし、アーニャに相談されて最初のうちはいい気になっていたのも間違いない。勿論、それがトーヤとの恋愛相談になった時点で告白する前に振られていたと気付いて落ち込んだのも……正直、まだ思い出にはなっていない。
それでも、2人の性格から考えて、これを乗り越えれば上手く行くとも思っている。似たもの同士の、素直な心根の2人なのだ。アレンダンに愚痴を吐くのは、多分相手に嫌われたくないからなのだから。
「おい、聞いてるのかよ!」
「へーへー」
「おい!」
「アーニャの婚約式で着るドレス姿が綺麗だったんだろ。お前もそろそろ気合い入れろよ。子爵の御子息様」
「そんな言い方…」
「お前なら本気になれば絶対にやれるだろ」
給仕の持ってきたエールをグイグイ飲み干した。
「それに、だ」
「なんだよ」
「俺は王都から離れるからさ。これからはちゃんとアーニャと話し合えよ」
「はああ⁉︎ 聞いて無いぞ!」
「言ってないからな」
「なんでだよ!」
「お前達、夫婦になるんだろ。ちゃんと話し合え。喧嘩しても良いから話せ。そんな事で壊れたりしないだろうよ。お互い身体張って守りあって来たんだから」
「お前は当事者じゃないからそんな事……!」
「そうだ。当事者じゃ無ぇ」
(当事者じゃ無いのに、伯爵家から遠回しに王都から出て行けって言われて手切金まで渡されそうになったけどな)
「もう俺を、幼稚な痴話喧嘩に巻き込むな。もう付き合いきれない」
「ちょ、お前…!」
「最後にこれだけな。クダ巻き酒も、2人で飲んだ方が楽しいと思うぜ。多分、一緒に住むようになったらなんとか出来るだろ。頑張れよ」
「おい!婚約式には出て…」
「貴族じゃないからやめとく」
(て言うか伯爵家からやめろって言われたし)
「元気でやれ。2人ならやれる筈だ」
最後に振り返った時のハッとしたトーヤの顔を思い出す。困ったような表情だったのは一瞬で、その目が力強く見開かれたのを見た。
「あの表情が出来るなら、大丈夫だろ」
これでも本気で恋をした相手を託すのだ。多少は嫌なことを言うのも許して欲しい。そして、目の前にあるとなかなか踏ん切りが付かない自分の為に、遠い遠い新しい土地に向かうのだ。
「火山の町、ボルカノか……」
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