第232話 雨の匂いが強くなる(薔薇。幼馴染二人〈唯行×公彦〉。片想い時期)

「そういえばさ、今日のゲームだけど」

「どれ?」

「ほら、最後にやったやつ。インディーズの」

「ああ」

 友人の家からの帰り道。

 まだ空はうっすら明るいけれど、遠くが微かに霞んで見える。

 夜がすぐそこだと感じる。

「ホラゲーの割に怖くなかったな」

「でも、シナリオ良かったよね」

 友人が「これ、おススメ! マジでシナリオ見ろ、今見ろ!」とぐいぐい迫って来たのでやることにした。

 ホラー要素は少なく、ゲーム自体も簡単だったけれど、シナリオは確かに良かった。

 とても良い短編小説を読んだような。

 友人の一人は泣いていたし。

「あの中でさ、主人公がヒロインに対して思ってたモノローグ」

「あの、『君は花の如く』を引用するシーン?」

「それ」

 公彦あきひこが、空を見上げながら言う。

「『神よ君を護りたまへ』……ただ、君の倖せを、君が生きていることだけを望む。それだけでいい。……そんな風に想うのって、もう何か、恋とか通り過ぎてる感じだよね」

「……そうだな」

「あんな風に人を想えるようになるものなのかなぁ」

 公彦の無邪気な問い。

 灯り始めた街灯の光が、彼の瞳の中にちらちら映る。

 吹いた風に、髪が少し乱れた。

 その髪を直してやりたい、と思う気持ちを抑えながら。

「さあ」

 とだけ、返した。

「ユキは、あんまりピンと来なかった? 今日のゲーム」

「ホラゲーとしては。……シナリオは、お前らと同じく、良かったと思う」

「あのシーンも?」

「──ああ」

 ただ君の倖せを、君が生きていることだけを、望む。

 そんな境地を見せられて俺は、

「悪くないと思う」

 心底羨ましい、と思った。

 こいつに触れたいと思うこのどうしようもない気持ちが、早くあの想いに昇華されないかと。じりじりと焦がれる。

「そっか」

「お前は?」

「うーん。他のシーンは共感したり、ハマッたりしたんだけど、あのシーンだけはよくわからなくて。良いシーンだとは思うんだけど」

「そうか」

 小さな頃からずっと見て来た横顔を、いつまでも隣で見ていたい。

 あわよくば、自分だけが彼に触れていたい。

 いつ頃からか湧いて来たこの想いで、彼の顔を曇らせる前に。

「ま、ピンとくるもんは人それぞれだからな」

「それもそうだね」

 早く、早くこいつが笑っているだけで倖せだと思う気持ちになれますように。

 小さな頃と同じように、ただ友人として横に立っている。それだけで良かった頃と同じようになりますように。

「なんか、風きつくなってきた?」

「今夜、確か雨が降るんじゃなかったか」

「そういえば、雨の匂いするね」

 濃くなる水と緑の匂いの中、俺は強くそう願う。


 END.


 昨日の話(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139554970339442)の帰り道。

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