第121話 薔薇の下での(異世界転生。女の子主人公)
「どうしよう……確定じゃない……」
華々しいガーデンパーティーから離れ、私は庭の隅でうずくまっていた。
我が家で開かれたガーデンパーティーでは使われない、家の者以外立ち入り禁止のプライベートガーデン。生垣の迷路。秘密の裏庭。
その一角でしゃがみこみながら、私は呟いた。
「本当にこんなことがあるなんて……!」
先ほどあったことは、普通に見ればきっといいことだ。
だが、私にとっては悪夢のような光景だった。
八歳の誕生日。庭でのパーティー。
そこで未来の婚約者と引き合わされる……最悪だ。
(前世に見た、あのゲームまんまの光景じゃないの!!)
去年。私は、高熱を出し、生死の間を彷徨った。
その際に、前世の記憶とやらを思い出してしまう。
前世、私はしがないオタク女子大生だった。
いわゆるゲーオタで、RPGをはじめとするゲームにどっぷりハマり、薄い本なども嗜んでいた。もちろん、オタクの周りもオタクなので、私の周りには乙女ゲーオタクから歴史オタク、ラノベオタク、夢女子、腐女子とかく、オタクばかりがたくさんいた。
だから、自分が沼っていなくても、たいていのオタク文化にはそれなりに知識がある。
(まさか、本当に異世界転生って起こるのね。だから、あんなにも流行ってたのかしら)
ゆえに、この状況がいわゆる異世界転生であることにも気付けたし、
(いや、それよりも)
ここが、友人どハマりの乙女ゲームと同じ世界だと言うことにも気が付いた。
そして。
(悪役令嬢に生まれ変わるなんて、そんなこと誰も頼んでないんですけどー!?)
まさかの自分が『悪役令嬢』だということにも気付いてしまったのである。
さきほどの光景は、いわゆるチュートリアルで流れる説明映像だ。
攻略対象をはじめ、ライバルキャラやお助けキャラの幼少期のダイジェストが流れるのだが、その中の一つだった。
私も、友人の隣で眺めたことがある。
「せめて、せめて自分がやってるゲームの悪役キャラとかだったら……まだ……」
推しに倒されるのなんて本望だよ……いや、痛いのは嫌だけど。
「みぃちゃんには悪いけど、乙女ゲーって全然興味持てなかったからなぁ」
基本的に女性キャラの方が好みなので、まだギャルゲーの方が良かったまであった。
いや、ギャルゲーの当て馬も辛いので、やっぱりどっちにしろ嫌だ。
「しかも……」
えいっと指を振る。
すると、目の前に白い靄が生まれ、その中から人影が浮かび上がって……
『お嬢様』
昨年亡くなったばあやが現れた。
そう、これが私の魔法。
「まさか、持っている魔法が死霊魔法なんて……」
死んだ人間……つまり、幽霊を召喚できる魔法だ。
某シャーマンの王を決めるアニメかよ。ちょっと違うか。
「最悪の魔法だわ……どう見ても悪役の魔法じゃない」
『そうでしょうか?
ばあやは、生きているときのままの明るい声で言った。
『死してもまた、こうしてお嬢様の近くに居られるのですもの』
「ばあや……」
『お嬢様のご成長こそ、このばあやの望みですから』
「ありがと」
ばあやは、いつもこう言ってくれる。
だから嬉しくて、この力自体は嫌なのだけど、こうして一人でいると、ついついばあやを呼んでしまうのだ。
「そうは言っても……」
お父様やお母様にはどう誤魔化そうか。
魔力持ちであることは、生まれたときからバレている。
魔力持ちは、鎖骨の下に痣がある。花のような、星のようなそれを、魔力紋と呼ぶ。
私の左鎖骨下にも、くっきりと魔力紋があった。
魔力紋を持っているものは、個別の魔法を生まれながらに持っている。
それがどんなものであるかは、たいていは十歳になるまでに明らかになる。
だからいずれ、自分がどんな魔法を出現させたかを周りに明かさなければいけない。
「ぐぬぬ……普通、魔力なんて秘された力と違うんか……」
それぞれがひっそりと自分の魔法を自分だけでわかっていればいいのではないか……。
そんなことを私が悶々と考えていたときだった。
『! お嬢様』
ばあやが、私を呼んだ。
「どうしたの」
『何か声が聞こえませんか?』
ばあやが、神妙な顔で辺りを見回す。
『女の子の泣き声のような……』
「ちょっと、やだ、怖いこと言わないでよ」
ここは、私たち一族以外立ち入りを禁じている場所だ。
客が紛れ込めるとも思わない。
『私と話しておきながら、何の怖いことがありましょう。……どうやら、あちらのようですよ』
行ってみましょう、とばあやが、すいすいそちらへ歩いて行ってしまう。
「ちょっと待ってよ!」
私は、そのあとを仕方なく追いかける。
いや、ばあやは幽霊だし、私以外の目には(たぶん)見えないとは思うのだけれど、一応。
まったく、ばあやと来たら、私の世話係のくせに好奇心旺盛なのだから。
……そんなばあやだから、大好きなのだけれど。
『あらまあ』
入り組んだ生垣の迷路。その奥の行き止まり。白い薔薇が咲き誇ったそこに、小さな女の子がうずくまっていた。
年の頃は……五歳とか、六歳とか。そのくらいだろうか?
白いドレスは、最低限レースやフリルがあしらわれてはいるものの、全体的にシンプルな作りをしている。それでも、その滑らかな光沢が良い生地を使っているのだろうなとうかがわせる。
まあ、葉っぱやら土埃やらで汚れてしまってもいるけれど。
『あれくらいの歳の子なら、警備の者の目をすり抜けてここまで来られますね』
「そうね」
ばあやの声は私以外には聞こえないはずなのに、彼女はいつも誰かがいるときは小声で話す。
私も、同じように小声で返した。
甘い匂いが立ち込めるそこは、我が家の秘密の花園。そこに、自分たち家族以外の誰かが居るのは不思議な心地だった。
と。
パキッ
「あ」
「! だ、だれかいるの……?」
小枝を踏んでしまい、女の子に気付かれた。どうしよう、とばあやを見れば、ばあやは目顔で、彼女のもとへ行くように私を促す。
ええい、仕方ない。
「ごきげんよう、驚かせてしまって、ごめんなさいね」
私は精一杯の笑みを浮かべて、彼女の前に姿を現わした。
顔を上げた彼女は、大粒の涙を零して、私の方を見つめている。
「えっと……」
「名乗り遅れて申し訳ありません。私、ツェツェリーナ・アルフォンスと申します。本日は、当家のお茶会にご参加いただき、まことにありがとうございます」
「! あ、もうしわけありません、かってに、えっと……」
しどろもどろになる女の子を怖がらせないよう、私は、彼女の前にしゃがみこんだ。
「……大丈夫。あなたを叱りに来たのではないわ。私、パーティーに疲れてここまで休みに来たの。あなたは……?」
「わたし、は……」
彼女がたどたどしく話し始めたことをまとめると。
彼女は一年前、母を病気で亡くしたそうだ。
しかしその傷も癒えぬうちに、父が新しい妻を娶った。
今日このパーティーにも、新しい妻、彼女にとっては新しい母を皆に紹介するため連れて来ているらしい。
「おかあさま……」
新しい母も悪い人ではないそうだが、それでもまだ幼い彼女にとっては酷な話だ。
「わたし、おかあさまに会いたい……本当のおかあさまに……」
しくしくと泣き始めた彼女の向こう側で、ばあやが何か言いたそうに私を見ている。
……ばあやの言いたいことは、何となくわかる。
私の力を使って、この子に母親と会わせろということだろう。
わかるけれども。
誰かにこの力を見せるのは、極力避けたい。
だって、悪役令嬢の力だ。バレたら何を言われるかわからない力だ。
しかも、私以外の人間の目に幽霊が映るように出来るかもわからないし。
私は、悪役と断罪されて生きたくないし、もちろん死にたくもない。
「おかあさま……」
平穏無事に、ただただ平和に自分が生きられれば……。
「うぅ……」
生きられれば……。
「ええいっ」
ままよ!
「っ?」
「ねえ、あなた、ここで見たことは誰にも言わないと誓えて?」
「え……」
「ここで見たことを、私のことを、決してこの先、誰にも言わないのであれば」
私は、彼女の目を真っ直ぐに見て言った。
「私、あなたの望みを叶えて差し上げられるわ」
「! おかあさまに、会えるの……?」
「初めて試すから、ちゃんと出来るかはわからないけれど」
「ちかう、ちかいます! ぜったいに、だれにも言いません……っ!!」
私は一つうなずくと、彼女の手を取った。
「……見ていて」
指を、ひと振り。
どうか、この子のお母様。本当のお母様。
今ここに、彼女に、姿を現わして──。
ふわっ
薔薇の香りとはまた別の、優しくて切ない薫りが漂う。
これは、百合の薫り?
「! あ……」
白い靄。浮かぶ人影。儚げな、女性の姿。
「おかあさま!」
彼女の声が、初めて喜びに染まった。
良かった、彼女の目にもきちんと映っているようだ。
と安心したのも束の間、そちらへ駆け寄ろうとする彼女を、慌てて止める。
「お待ちになって。……亡くなった方には、触れられませんの」
「おかあさま!」
彼女の呼ぶ声に、女性は切なげに目を伏せるとそっとしゃがみこんだ。
「おかあさま、おかあさま!!」
『私の愛しい宝物。あなたを置いて逝ってしまったこと、どうか、許して頂戴ね』
「おかあさま!!」
彼女の瞳から、涙がぼろぼろ、ぼろぼろ、零れ落ちる。大きな一粒が、どんどん、どんどん。
それは不思議と、美しく見えた。眩しく透き通った、水晶のようだった。
『どうか、新しいお母様とも仲良くして。……けれど、どうか』
女性の瞳からも、一筋涙が零れた。
『この不甲斐ない母のことも憶えていてね。あなたが憶えていてくれたら、母はずっとあなたの傍に居られますからね』
「! ほんとう? おかあさま、ずっと私のそばにいる……?」
『もちろん。見えなくても、心はずっとあなたのそばにいるわ……どうか、どうか忘れないで、倖せになってね……』
最後、女性は私に向かって一礼した。
*
『やはり、良かったではありませんか』
「何が?」
あのあと、女の子にもう一度よく言い含めて、それからパーティー会場まで彼女を送った。
今は、お父様とお母様に見付かる前にまた裏庭の方へ戻っているところだ。
『お嬢様の魔法です。大変善きことをなさいました』
「……たまたまよ、たまたま」
私は、肩を竦めた。
「実際、こんな魔法なんて気味悪がられておしまいよ」
何か、十歳までに違う魔法を習得しなければ。
『使い方次第だと、私めは思いますけれどね』
悩む私に、囁くようにばあやが言った。
私の第二の人生は、まだ始まったばかりだ。
END.
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