今から一緒に

姫路 りしゅう

第1話 序の章

「勇者よ。魔王を打ち倒し、世界に平和を取り戻してくれ。あ、でも、支給武器は『どうのつるぎ』な」

 ワクワクしながらオープニングムービーを見て、いざ魔王を打ち倒すべくコントローラーを握った、当時まだ制服すら着ていなかったぼくは、いきなりずっこけた。

 ぼくはこれから世界を救いにいくんだぞ。

 そのぼくに対して、明らかに質の悪い武器を渡す国王、何を考えているんだ?

 普通に考えて国宝レベルの『でんせつのつるぎ』みたいなものを渡すべきだ。最低でも『きんのつるぎ』くらいは欲しい。

 成長して、知り合いやインターネットに触れる頻度が増えてくると、似たような疑問を抱えながらゲームをプレイしていた人も多いということを知った。

 そして整合性をとるために色々な説が流れていることも知った。

 実は同じような勇者パーティーを何組も送り出しているから、ひとつのパーティーに費やせる金額が少なくなってしまった説。

 実は『どうのつるぎ』がその王国の国宝クラスの武器だった説。

 実は魔王と王様が裏で手を組んでいたという突拍子もない説もある。

 でも、それから数年が経って。

 iPodに入っている音楽の数よりも制服の袖に腕を通した回数の方が多くなってきた頃に、ぼくはどうでもいい世界の真理に気付いてしまった。

 王様が『どうのつるぎ』しか渡してくれない理由なんて簡単だ。

 だって、その方がゲームとして面白いから。

 最序盤から『ゾンビキラー』を装備した勇者がばったばったと雑魚敵をなぎ倒していくようなゲームには、どこにも面白みがないからだ。

「気の合う友達と好き勝手なスケジュールを組んで行く旅行はもちろん楽しいんだけどさ、なんか、なんだろう。中高生の時の修学旅行の充実感には遠く及ばないんだよね」

 この間、大学二年生になった先輩がそんな愚痴をこぼしていた。

 それはきっと、『制限』がなくなってしまったからだろう。

 校則などのルールに制限された中で、どれだけ楽しいことができるか。

授業中にスマートフォンをいじるっていう行為すら、ばれたら没収されるという緊張感があるからみんな我先にといじるだけで、そんなルールがなかったら案外真面目に授業を聞く人もいる気がする。

そんなことを言ったら先輩は、目も合わさずに「まだ高校生の分際で何悟ったようなこと言ってるの」と頭を小突いてきた。

ぼくは先輩のことを憎からず思っていたので声を荒げて反論するようなことはしなかったが、心の中できっちりと訂正をした。

ぼくが言ったのは決して悟ったようなこと、ではない。

 悟っているのだ。

 繰り返しになるけれど、ぼくはこのどうでもいい世界の真理に気付いてしまった。

 世界の真理がどうでもいいのではなく。

 この世界が、どうでもいい。


「あっ……風船」

 ふよよよ、と水色の風船が宙に舞った。

 女の子が茫然とした表情で、何も握られていない右手と宙に舞っている風船を交互に眺めている。

 その子の隣を歩く母親らしき人物が「こら、何やってるの!」と少しだけ声を荒げて彼女の背中を叩いた。

 なんとなく飛んでいく風船を目で追っていると、なぜだか胸が熱くなってきた。

 ふよふよと風に揺られ、あっちやこっちに行きながら、それでも空高くを目指して飛んでいく姿は、まるで夢追い人のようだった。

 あ、いや、待って。街路樹の木の枝に引っかかって止まった。

 ちょっとイメージと違ったので今のモノローグ全部なーし。

「うう……」

 風船を手放した女の子は俯いて、今にも泣きそうな顔になっていた。

 でもそれは、風船を手放したことに対する悲しみというより、母親に叱られてしまうことに対する恐怖によるものに見えた。

 そしてその女の子の予想通り、母親は大きな声を出した。

「SDGsの11番!」

 ……ん?

 その𠮟り方がちょっと想像と違っていたので、ぼくは立ち止まった。

 ぼくの聞き間違いじゃなかったら、この女性いまSDGsって言った?

 SDGsって言うと最近流行の持続可能な開発目標、サスティナブル・デベロップメント・ゴールスのことだろうか。

 ぼくが戸惑っていると、女の子が震えながら答えた。

「うう……住み続けられる……まちづくりを……です」

「そうよね。わかってるのにどうしてそれに反した行動をするの? 確かに11番は、主に発展途上国向けの目標だわ。あなたがどう動いたってスラム街はなくならないもの。あなたがどう動いたって直接的に災害による被害を少なくすることはできないもの。でもね、じゃあ微弱な力しか持っていないお母さんたちが何もしなくていいっていうわけじゃないのよ。一人一人は小さな力だけれど、それら全員が別の方向を向いてしまったら、この地球船宇宙号は前に進んでいかないのよ」

 だんだんと諭すような口調になっていく女性だったが、ぼくの耳はいつの間にか人類がわけのわからない船に乗せられていることを聞き逃さなかった。

 なんだ宇宙号って。

 というか、ツッコミどころはそこじゃない。

 なんで少女はSDGsの11番をそらで言えるんだ!

 持続可能な開発に協力することは大変すばらしいことだけれど、年端も行かない女の子に道端でマジギレするような行為が持続されていく方が困る。

「……まあ、うん。これ以上路上で叫ばれるのもね」

 ことの発端は、少女が風船を手放したことだ。

 そして、そのいずれゴミになる風船が自然に取り残されてしまっていることを母親は気にしているらしい。

 だからこの場を収めるためには、あの風船をとって女の子に返してあげるのが一番早そうだ。

 あいにく風船は高く聳え立つ街路樹のてっぺん。

 登ったって届きそうにない。

 近くには梯子も長い棒もない。

 でもぼくにとって、そんなことは関係ない。

 ぼくに必要なのは、ほんの少しの想像力だけで。


「この不条理な現実を塗り替えよう」

 ふー、と大きく息を吐きながら、ゆっくりと目を閉じた。

「『虚思淡譚オーバーライド』」

 静かに息を止める。


**********


 瞬間、街路樹の上の方から一陣の風が吹き下ろしてきた。

 びゅうん、と音を立てて、風がぼくたちの横を駆け抜ける。

 その悪戯な風は、誰かのカツラやスカートに悪戯することなく、ピンポイントに風船だけをさらった。

 木に引っかかっていた風船は、風に乗っかり、下向きの激しい気流に乗ってぼくの手元まで飛んでくる。

 ぼくの右手は華麗にその風船をキャッチして、便利な風はそのまま吹き止んだ。


**********


 ぼくが再び目を開けて、呼吸を再開した瞬間、想像通りの風が街路樹から吹き下ろしてきた。

 その風は器用に風船だけをさらい、そのままぼくの右手に配達をしてくれた。

 うん、想像通り。

 ぼくは笑顔で女の子に近づいて、風船を手渡した。

 彼女とその母親は驚き、何度もぼくに頭を下げた。

 ぼくは笑って、「あんまり泣かないで。女の子は笑っているのが一番だよ」と女の子の頭を撫でた。

「ありがとう、おにいちゃん!」

 その笑顔を見てなんだか急に空しくなったぼくは、ゆっくりと背中を向けて歩きだした。

 背中越しに「ありがとうございます」と声を掛けられたところまでは別によかったんだけど、その後に「ところで貴方、SDGsの」っていう声が聞こえてきたのでぼくは全力疾走をして逃げた。

 おおかた5番あたりを聞かされるんだろうな、と簡単に予想がついた。


 以上の通り、ぼくは、想像を現実に反映させることができる。

 ルールは二つ。

 一つ目。目を閉じ呼吸を止めた時に夢想したことがそのまま現実に起こる。

 二つ目。この力で引き起こした現実は、この力で改変できない。

 御覧の通り、単純明快だ。

 今のところ、反映させられなかった事象はない。天候操作や確立操作はお手の物。誰にも見つからないよう空を飛んだこともある。海上で震度三の地震を引き起こしたことすら。

 床に落とした食パンは、必ずバターを塗った面が下になるというマーフィーの法則に感銘を受けて、両面にバターを塗った食パンを地面に落とし、無限に続く回転を引き起こしたときが人生で一番興奮した。あれが黄金の回転。

 でも、その興奮は長く続かなかった。

 だってそうだ。

 なんでも思い通りになる人生において、何に興奮すればいいんだ。

 この現実改変の能力を使用して、全ての教科で満点を取ったことがある。

 もちろん笑顔も満点だ。

 でも、なにも面白くなかった。

 この現実改変の能力を使用して、学年一可愛い女の子と付き合ったことがある。

一応注釈を入れておくと、ぼくの異能では想像したことしか現実に反映されないので、告白をして成功したとしても、その後効果がずっと続いていくわけではない。人の心を永遠に改変し続けることはできないからだ。

 だんだんとどうしてこんな告白をOKしたんだろう、という疑問が残るだけになっていく。

でも、現実改変をひたすらに利用して彼女との接点を増やし、彼女の心が動くような現象をたくさん引き起こし、その上で告白を成功させたらどうだろう。

そんなわけでぼくは完璧に彼女を落としたけれど、三か月間付き合い、空しくなって振った。

初めてのデートも、初めてのキスも、初めてのアレも、もっと楽しくて、もっと興奮するものだと思っていた。

でも、ズルして得た関係は、終始空しいものだった。

しばらくして、ぼくはこの能力を封印した。

そしたら能力を得る前のように、普通の人間として過ごすことができると思った。

普通に挫折して、普通に成功して、普通に楽しくなって、普通に悲しくなる。

そんな自分に戻れると思った。

 甘かった。

 そりゃあ、そうさ。

 最初に『どうのつるぎ』が配給されるからそれを使うのと、最初から『ゾンビキラー』を持っているのに敢えて『どうのつるぎ』を使うのは、全然違う。

 縛りプレイは、通常プレイを満喫した上で行うから面白いのだ。

 なんならぼくは、「ぼくだけ通常の勝利条件に加えて、テーブルをひっくり返したら勝ち」という条件の元ボードゲームを行っているようなものだった。

 ダイス運がとんでもなく悪く、五ターンかけても資源が全く出なかったとしても。

 三人の中に一人潜む嘘つきを見つけないと敗北するような状況だとしても。

 満貫直撃か跳満をツモらないと一位になれないようなときも。

 ぼくだけ特別に、テーブルをひっくり返したら勝利できる。

 ぼくだけ特別に、ゲーム機の電源を落としたら魔王を倒したことにしていい。

 ぼくだけ特別に。

 ぼくだけ特別に。

 ぼくだけ特別に、現実を好き勝手改変していい。


 別にしなくてもいい。


 ほら、今日も。

 こんなにも世界がどうでもいい。

 そう思っていた矢先の出来事だった。

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