第4話「ナイフとおにぎりと三角定規」

 今日も外は晴れている。牛丼高校の校舎は春の日差しを浴び、落書きだらけの壁が輝いていた。

 後で知ったが、この学校の窓ガラスが割れていないのは、N○SAで開発された強化ガラスを使用しているかららしい。何度か窓ガラスを割ろうと頑張った生徒が居たらしいが、みんな途中で挫折したらしい。

「あ、オイこら?さっきから、なにぼーっとしてんだ、てめぇー?ド頭カチ割るぞ、コラァ」

 ホームルームが始まる前の教室。僕は自分の席にぼーっと座っていた。そして、前の席の眉反隆(まゆぞり たかし)という眉毛のないオレンジ色の髪をしたクラスメイトに絡まれている。

「てめぇーみてぇな、しょぼいド眼鏡野郎が俺様の後ろに座ってんじゃねぇーぞ、コラァ」

 眉反君は僕の机に手を置き、罵ってくる。

 だが、僕は昨日のことを考えていて、全然相手にしていなかった。

「聞いてんのか、ああん?このド眼鏡野郎!!」

 ちなみにだが、昨日フードコートで不良C(仮)に殴られた際、床に眼鏡を落としたままだった。なので、今スペアの眼鏡をかけている。

「なんとか言えや、このド眼鏡!!ビビってんのか!?」

 昨日、現れた銀色の髪の少年……。彼は不良達に殴られても平気だった上に、逆に不良達を自滅させた。そして、ナイフで刺されそうになった瞬間、あえて自らの右手に刺させた。

 動脈や心臓、内臓など、致命傷になるような部分を刺されるよりはマシとはいえ、普通、自分の手でナイフを防ぐだろうか?

 だから、昨日の不良A(仮)はビビってしまったんだと思う。右手にナイフが刺さっても、平然としている彼に。

 更にもう一つ、気になっていたのが、昨日の朝に絡まれたモヒカンファイブとかいう不良達。その一人であるモヒカンピンクがボロボロになりながら「銀色の髪の男」と言った。

 その銀色の髪の男とは、もしかして……。

「オイ、コラ!!なんとか言え!コラ!!聞こえてんのか!?」

 眉反君が僕の机を叩く。

 僕は昨日の回想を始めることにした。




 ショッピングモールから白石さんと一緒に出て行った後、あの少年と偶然コンビニで会った。

 彼は自分の血で赤黒くなったナイフを持って、ナイフをコンビニのゴミ箱に捨てていいのか、と聞いてきた。

 そんな物騒なもん、コンビニ捨てたらダメだろ。常識的に。

「ナイフをゴミ箱に捨てちゃ、ダメだよ……」

 恐る恐る僕が言うと、

「……。そうか、ダメなのか」

 少年はあっけらかんとして、ナイフを学ランのポケットにしまった。

 そして、少年は両手をズボンのポケットに入れ、僕と白石さんに背を向けて歩き出した。

「あ!ちょ、ちょっと待ってくれ!!」

 思わず、僕は叫んだ。

「ん?」

 少年は歩みを止めて、振り返った。

 僕は半ば緊張しながら、口を開いた。

「ど、どうして、ナイフに刺されたんだよ?なんで、避けなかったんだよ?よ、避けれただろ……」

 我ながら、バカな質問をしたと思ってる。他にも聞くべきことがあったと思うのに。

 でも、気になって仕方なかった。

 すると、少年は無表情で、

「めんどくさかったから」

 実にシンプルな答えだった。

 だが、シンプル故に余計にわからなかった。避けるのが、めんどくさい……って本気で言っているのか?

 白石さんも少年の言葉が理解できず、困惑している。

 少年は再び、僕と白石さんに背を向けて歩き出した。

 夕陽が沈むように、少年の姿も消えて行った。

 ……。

 この数時間でいろいろなことがありすぎて、僕の頭は混乱していた。

 すると、白石さんが、

「平良君……。あたし達も帰ろうか……」

「え、あ、う、うん……」

 ぼんやりしていたら、周囲はすっかり暗くなっていた。

 早く帰らないと危険だ。

 白石さんの家は御蕎麦市にあり、自宅から電車で御米市の天丼学園に通っている。

 なので、また不良達に絡まれないように、僕は白石さんを駅まで送ることにした。


 御米市の駅前は商店街になっており、人が多く、交番も近くにあったので、とりあえず安心しながら駅まで歩くことが出来た。

 だが、駅に着くまでの間、僕は白石さんとなにを話していいのかわからなかった。

 タキオンショッピングモールで久しぶりに会ったというのに、不良に襲われて、そこに変な銀髪の少年が現れて……もはや、白石さんとなにを話していいのかわからない。

 あんなことがなければ、今頃、白石さんと楽しくお喋りをしながら駅まで歩けたのに……。

 そう残念がっていると、急に白石さんが、

「あ!」

 と言って足を止めた。

 僕はびっくりした。また不良が現れたのか?

 首を右に左に動かして、僕は不良を探した。だが、どこにも居ない。

 白石さんは複雑な表情で、

「忘れてた……」

「え?なにを忘れたの?」

「……さっきの彼に、お礼を言うの忘れてた……」

 ……。

 白石さんの言葉に、僕は胸が締め付けられた。

 そうだった……。今頃になって、気づくなんて。

 僕と白石さんは、あの少年に助けてもらったんだ。ガラの悪い不良達から。みんなが見て見ぬフリをしていたのに、彼は僕と白石さんを助けてくれたんだ。右手にナイフを刺されてまで……。

 混乱していたとはいえ、僕はすっかり失念していた。白石さんは気づいたのに。

 僕は改めて、自分は情けない人間だと思った。

 不良達に絡まれてなにも出来なかったことよりも、彼に「ありがとう」と言えなかったことの方が情けなく感じた。

 一体、彼はどこに行ったんだろう……。この街のどこに居るんだろうか?

 また、会えるのだろうか……。


 白石さんを駅まで送った後、僕は自宅アパートに帰った。そして、そのままベッドの上に倒れて眠った。

 かなり疲れていたのか、熟睡してしまい、目を開けると朝になっていた。




「てめぇー!いいかげん、なんか喋れ!!ぶん殴るぞコラ!!」

 眉反君の大きな声により、僕は現実に戻った。

「オイ!ド眼鏡!!その眼鏡、カチ割るぞ、コラ!!」

 ……。

 それにしても、このクラス……。眉反君がうるさい以外は静かだ。

 僕以外、全員が不良だと思われるが、誰も遅刻をせず、ちゃんと席に座っている。窓際の金髪少女は、昨日と同じくだるそうに頬杖をついている。

 昨日、空席だった隣の席には、銀髪の少年が座っており、おにぎりをモグモグと食べている。

 眉反君以外はみんな静かだ。というか、殺伐としている……。

 下手なことしたら、すぐに教室が戦場と化してしまいそうな妙な緊張感がある。

 ……。

 ……アレ?

 あまりにも自然すぎて違和感を感じなかったが、今になって強烈な違和感を感じ始めた。

 なーんか、今、すごく気になるものが目に入ったような。

 僕は右側に視線を向けた。

 ……。

 隣の席に、昨日、現れた謎の銀髪の少年がおにぎりを食べながら座っている。

 ……なんだ、違和感の正体はそれか。

 そうだよな。昨日、不良達から助けてくれた謎の銀髪の少年が隣の席に座っていたら、そりゃあ違和感を感じるよな。うんうん。

 一体、彼はどこに居るんだろう?と思っていた時に、その張本人がすぐに隣に居たら、そりゃあ違和感バリバリだよ。うんうん。

 しかも、おにぎりを美味しそうに食べてるもんな、違和感凄いわ。うんうん。

 僕はこの違和感の正体がわかり、ほっとした。

「って、おおおーーーいいい!!!!」

 僕は思わず、大きな声を出して立ち上がった。

 眉反君を始め、教室内のクラスメイト全員が驚いて、僕に視線を向けた。

「なんで、キミがここに居るんだよ!?」

 銀髪の少年はモグモグとおにぎりを食べ続けていた。

 おにぎりを持つ彼の手には白い包帯が巻かれてる。


 彼にはいろいろ聞きたいことが山ほどあった。どこから聞くべきかわからなかったが。

 しかし、僕が叫んだあと、ちょうど良く担任の角田先生が教室に入ってきて、やかましいぞ、コラ!!朝から騒ぐんじゃねぇ!!と怒鳴られたので、そのまま席に着いた。

 おにぎりをモグモグ食べる彼を横目で見ながら、とりあえず、昼休みまでは静かに授業を受けることにした。

 授業中の不良の皆さんは意外に静かだった。それどころか、ちゃんと授業を聞いているし、ノートを取っていた。

 ……見た目の割に、みんな真面目なのか?

 前の席の眉反君は授業開始早々、机に脚をのせている。あからさまに不良っぽい態度だ。

 窓際の金髪少女も真面目に授業を聞いている。

 そして、隣の席の銀髪の彼は……。黒板を見つめながら、まだおにぎりを食べている。いつまで食ってんだよ。そして、何個おにぎり持ってきてんだよ。ていうか、授業中に堂々と食事するな。

 こんな感じで授業中、僕はずっとクラスメイト達を観察していた。

 なので、授業の内容を全く聞いていない。



 昼休み開始のチャイムが鳴り響く。

 午前中の授業が終わると、クラスのみんなは教室から出て行くか、教室内で昼食を食べ始めるかのどちらかだった。

 眉反君が振り返り、

「オイ、ド眼鏡。俺、今日は弁当も金も持ってきてねぇーんだよ……。だから、てめー、俺のために昼飯代よこせや。なぁ」

 と言ってきたが、僕は無視した。

 今、右隣に居る銀髪の彼に用があったからだ。

 僕は立ち上がって、彼の机の前に立った。

 彼は授業中、堂々と早弁し、昼休みになったら椅子に座った状態で昼寝を始めた。

 だが、僕は彼が寝ていようが構わず、

「あ、あのさ……。君にちょっと話があるんだけど……」

 と話しかけた。

 だが、彼は眠っている。

 僕は彼の肩を叩いた。

「あ、あのさ、話があるんだけど、少しいいかな?」

 ダメだ。全然、起きる気配がしない。

 僕は彼の両肩を掴んで揺すった。

「あのさー、話があるんだけどさー」

 少し声を大きくして言った。

 だが、彼は全然起きない。

 今度は激しく揺らしてみた。

「あのさぁー!話があるんだけど、起きてくれないかなぁー!!」

 今度は声を大きくして言った。教室内に居るみんなが、僕の方に視線を向ける。

 だが、彼は全然起きない。

 イラッ……。

 僕の中でなにかが弾けた。

 僕は自分の腕力をフル稼働させ、彼の身体を揺らした。開かないドアを無理矢理こじ開けるかのように。

 そして、声をかなり大きくし、

「ねぇ!頼むから起きてくれよ!!話があるんだよ!!ねぇ!!」

 かなり力を込めて、彼の身体を揺らした。

 だが、彼は目を閉じたまま。

「ねぇ!本当は起きてるんだろ!?3分でいいから!3分だけ起きて、話をしてくれないかなぁ!!?」

 全力で彼の身体を揺らす僕を見て、眉反君が引いている。

「お、おい……やめろよ……。やりすぎだぞ、おい……」

 だが、僕は止まらなかった。更にエスカレートしていた。

「ねぇってば!起きろ!!起きろってば!!ねぇ!!」

 彼の頬を叩こうかと思った瞬間……。

 シャー!っと、僕の目の前をなにかが通り過ぎた。

 驚いた僕は、彼の身体から手を離した。

 僕の目の前を通り過ぎたなにかが、教室の壁に突き刺さっている。

 三角定規だ。

 さっきまで頭に昇っていた血が一気に下降し、僕は凍り付いた。

 僕はガクガク震えながら、三角定規が飛んできた方向を見た。

 窓際の金髪少女がサンドイッチを片手に、物凄く鋭い眼光で僕を睨んでいる。

 間違いない……。三角定規を投げつけたのは彼女だ……。

 僕はガタガタと青ざめて震えた。眉反君まで震えていた。

「静かにしろ。殺すぞ……」

 金髪少女はそう言いながら、サンドイッチを齧った。

 僕と眉反君は固まった。

 すると、銀髪の彼の目が開いた。

「……さっきから、うるさいんだが、どうした?」

 ……。

 彼は大きくあくびをした。

 僕は壁に刺さった三角定規に目をやった。

 壁が脆いのか、三角定規が硬いのか……今はそれが気になった。

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