第32話 そっくりさんの邂逅
お互いを、見て。
あ……といった感じでお互い口を開く。
ニアの横にはもう一人、幼い少女がいて、オレとニアとの間で視線を行ったり来たりさせていたが。
「アンタ……! この前はよくも上手いこと逃げてくれたな!」
「いや別に、逃げたわけじゃねえ」
そっと、目を逸らす。
「はあ? 連絡先すら告げない馬鹿がどこにいるんだ!」
「なっ、それこそお互い様だろうが!」
バチバチと睨み合うが、ニアの方はふと思い出したらしい。
「……あ、というかライネ‼︎」
ギャーギャーと目まぐるしく表情を変えるニアは、相変わらず睨みを効かせながらも、ライネと呼ばれた女の子とオレとの間に割り込み、庇うように引いていく。
挙げ句の果てには、
「誘拐されかけたのか、いや、そうだ。こいつは変態だ。そうに違いない」
と、ゴミを見るような目を向けられるが、ニアの横にいた少女が、そんな雰囲気をあっさりとぶち壊す——。
「ひょっとしてもしかして、この人、ニア兄ちゃんの彼女?」
「なっ、冗談! そんな風に見えるのか? こいつは今、アンタの妹に襲いかかって泣かしていた変態野郎だぞ?」
烈火の若き勢いでニアは否定する。
「でも……私たち別に、この人がライネを襲うところなんて見てないでしょ」
「いや、それは……」
「私には、助けてくれてるように見えたけど?」
「……はいはい。わかったよ。こいつは男が好きな真性の変態だからな!」
「変態変態言うんじゃねえ! 誤解されちまうだろうが!」
散々言われ放題。さすがに突っ込みたくもなる。
「……ん? やっぱり彼女さんなの?」
「「だから違う!」」
奇しくも声が重なった……。
「うわっ、びっくりした。彼女さんじゃないのかぁ……。でも、珍しいね。ニア兄ちゃんが他の人と話してるのって。しかも女の子と」
「……あー、違う違う。見かけに騙されちゃダメだぞ、アイネ。なよっちい格好してるけど、こいつは立派な男だ。アレがついてる」
「え、男の人なの? かっこいいお姉さんじゃないの?」
アイネは、ほんとにー? といった顔をして見やってくる。
「おう。これでも立派な男だぞ」
「そ、そーなんだ。じゃあ、あなたもお兄さんなんだ」
「こういう風に、格好から騙してくる不審者もいるから気をつけろ。自分の身は自分で守らなきゃダメだぞ?」
「そろそろオレを不審者扱いするのやめろよな」
「ライネが泣かされてるかもしれない状況見て、怪しまない馬鹿はいないだろ? さ、ライネ。もう落ち着いたか? この変態……おにーさんには、本当に何かされなかったか?」
ようやく見知った顔を見て安堵したのか、えーとね、と迷子の女の子ことライネが話し始める。
結局、たどたどしい口調の、「誰も話しかけてくれなくて、寂しくて、声をかけられて安心して泣き出してしまった」という説明がなされ。
その姉であるアイネが、やっぱりね、と付け加えることで、容疑は晴らされた。
「……とのことなんだが」
と、ヒロ。
「こういう大人しそうな顔の奴こそ、下手な強面より何考えてるかわかんないから怖いんだ。疑うのも仕方ない」
と、開き直るのはニア。
「無茶苦茶言うなよ。こんなこと自分から言いたくはねえけど、こっちは親切心だったんだからな?」
オレはたまたま見知った顔だったからいいけど、下手なおっさんが善意で助けてたりしてたら、ロクな目に遭ってねえぞ。おっさんが。
「……っ、わかってる! 助けてもらったらお礼はしろってくらいは、ちゃんと教わってるからな……。…………だから、その、……一応ありがとう。ライネを助けてくれて」
「……ああ」
歯切れ悪いながらも途端に殊勝になるニアに、若干居心地が悪くなっていると、
「さあて。それはそれ、これはこれだ! なんでアンタがおれの誘いから逃げたかについて聞こうじゃないか」
またしても急に転調するニアのテンションに、ちょっと引く。
こいつさては、アッシュと同じタイプか……?
「だから逃げたわけじゃねえって。ただそっちだって何も言わなかっただろ?」
「それはアンタが、『悪い、ほんとに今日はもう時間がないからまた今度な』って、すごい勢いでまとめるから、こっちも思わず頷いちゃっただけだ。そんなの後で考えたら逃げたと思うしかないだろ?」
「たしかにそうだったかもしれねえけどさ……」
おいおいこの際どっちが悪いんだ? 教えてくれよ、裁判官!
……はいるわけないのだけど、つい己の非を認めたくない気持ちが前面に出て、第三者に意見を求めたくなる。ニアも同じなようで、アイネとライネの方を見やっていた。
真剣に何やってんだ、オレ……?
それこそライネは小首を傾げるだけだったが、アイネはさすがお姉ちゃん。うーん、と目をつぶってきっかり五秒間。パチっと目を開く。
「ニア兄ちゃんも悪いとこあるよ」
「うぐっ!」と変な声を出すニア。
「妥当だろ」とオレは返す。
「まぁ……アイネが言うならまぁ、おれもちょっとだけ、ちょっとだけは非を認めてやる。だけどな、
「わかったわかった。しばらくは一緒にパーティー組んでやるよ。それでいいだろ」
「投げやりにするな。そもそもなんでおれが下手にでなくちゃ…………まぁ、わかったんならいいけど」
突き刺さる幼い視線に、渋々とニアは言の刃を抑えた。……なにかもうそのプライドの高さには関心しかできなかったが、とあることが気にかかる。
「……つーか、一つ気になったんだが、お前よくオレのことが初見で男ってわかったな。自慢じゃねえが、見破った奴はいなかったぞ?」
本当に自分で言ってて悲しくもなるが、そういえば彼は出会った時から、オレが・男であることを前提として・会話していた。
「そんなの簡単だ。臭いだよ、臭い。男臭い臭い。プンプン臭ってるだろ。おれは臭いがわかるからな」
「体はちゃんと洗ってる……って言いたいとこだが、そういうわけじゃなさそうだな」
「まぁ、これは体質みたいなものだから。一度会った奴の臭いは忘れないってわけ」
ふん、と一息。
その人を舐め腐った態度に、世界最高に臭いって噂の煮物でも近づけてみてえ、とか考えていると……、
「随分と盛り上がって、何かあった?」
背後から、声。
リンゴを詰め込んだ袋を小脇に抱えた——レインだった。
図らずとも訪れた、邂逅。
「な……アンタ」
「……おまえは……」
レインとニアの視線が交錯し、固まる。
……そりゃあ、そうだ。
髪色や体格は違えど、同じ顔の造りをした者が鉢合わせたのだから。
「どういうこと? なんでアンタは、おれと同じ顔をしてるんだ?」
「それは、こっちの台詞」
さすがのレインも、明らかに動揺の色が見て取れる。
「あれー! おんなじ顔が二人? でもこっちは、でっかいおっぱいがあるー! なんでなんで?」
「コラ、大きい声でそんなこと言うな」
「あいたっ!」
コツンと叩かれて頭を抱えるアイネ。ちょっと可愛い。
ニアがアイネに「せめて乳と呼べ」などと謎にズレた躾をしている隙に、レインの疑問がオレにぶつかる。
「ヒロ。こいつは誰? どういう関係? 事の次第によっては撫で斬る必要がある」
「怖えこと言うな。どう説明すればいいのかわかんねえが、知り合いってとこだな。……つーか、怒ってる?」
なんだろう。いつも以上に声が凍えてる気がするのだが。
……と、先ほど己が叩いた幼女の頭を撫でながら、ニアが割り込んできた。
「そいつの言う通り、別に大した関係でもない。今のおれに必要な奴ではあるが」
「……! じゃあ、おまえはヒロと、その……友達なの?」
「こいつと友達? いやいやそれこそないだろ……ていうか馬鹿乳女、アンタこそ誰だよ。こいつのなんだ?」
ひどい言いようだったが、レインは心ここに在らずといった様子で考え込むと、
「…………自分はヒロの……家族、みたいなものだ」
ちょっと迷いつつも、ようやくそれだけを彼女は口にした。
「……姉弟には見えないが?」
「姉弟ではない。でも……家族だ」
断言する、レイン。
「ああ、おれもそう思う。反応を見るに、恋人、ってとこだろ?」
思いっきり指を刺してくるニアに、レインはその瞬間だけは迷うそぶりもなく、それは違う、と答える。
——少し、オレの中で何かが疼いた。
「……? よく、わからないけど……まぁいい。顔が似てるのも、この際偶然でいいだろう。アンタに頼むことは一つだ。——そこの女顔をしばらく借りたい」
「——ダメだ、断る」
「なっ……」その即答に、ニアは顔を引き攣らせて、「別にずっとじゃないぞ? 心配しなくても昼間だけだ」
「それでもダメだ。ヒロは自分の家族……ではないけど、大切な人だから。いくら自分と似ていたとしても、おまえには渡さない」
「あーもう、なんなんだアンタ。そいつを溺愛するのは勝手だが、多少の融通きいてくれたっていいだろ?」
「承知できない」
「うぐぐ……」
なんだろうか。
なんていうか、会話がズレている気がする。
「おい待てレイン。お前なんか勘違いしてねえか?」
「何を」
「ニアはただ、パーティーの勧誘をしてるだけだぞ」
「…………え?」
やはり明らかに困惑するレイン。ああ。やっぱり勘違いしてたな。
「自分はてっきり……ヒロが告白されてるんだと」
「はあ⁉︎」先に声を上げたのはニアだった。「どこをどう見ればそんな頭お花畑みたいな思考になる!」
「だってヒロと親しげに話していたし、ヒロが必要だと言ったから……」
「なんだその理論……。というか、おれは、男、だ」
強く、ニアが言う。
「……そう、なの?」
「みたいだぞ」
「そんな……。自分にはもう、性別がわからない……」
レインは、本気で困っている様子。
……オレだって自分で言うのもなんだが、たしかにもう性別がなんなのかよくわかってない。
「とにかくだ。おい、えーと、アンタが相方にちゃんと説明してくれ」
「説明……なぁ。どう言えばいいのかわかんねえけど……」
ニアの呆れた口調には若干同調しつつ、先日の彼との出会いを簡潔にレインに説明する……。
「……なるほど、事情は大体わかった。まあ、別にいいと思う。正直アッシュだけにヒロを任せておくのは心配だったから、仲間が増えるのはいいこと」
「アッシュって誰だ?」
と、ニアが口を挟む。
「オレといつも組んでる奴だよ」
「……アンタ、ソロじゃなかったんだな。で、そいつは強いのか?」
「少なくとも弱くはない。なんでもできる器用な奴だよ」
「ふーん。まぁ、足を引っ張らなければそれでいいけど」ニアは大して興味もなさそうに言って、「相方も納得してくれたみたいだし、アンタも腹くくったか?」
「くくりすぎて腹が痛え」
「ならよし。さっそくだが明日の九時にギルド本部の前に来い。遅れたらアッシュとやらと一緒に刻むからそのつもりで」尊大な態度で告げたニアは、「——待たせたな。アイネ、ライネ。さっさと帰ろうか」
うん! と幼女二人が頷く。
「じゃ、おれたちはもう帰るから。せいぜい仲良くやってろ」
「またねー!」
「あり、がと」
そう言い残して彼らは広い通りを歩いていき。やがて角を曲がって見えなくなる。
怒涛の展開に思わず立ちすくんでいたオレだったが……、
「とりあえず、リンゴはどう?」
と、差し出された赤い果実を食んで、酸っぱいな、とだけ呟いた。
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