第46話 彼女の想い
「私、ヨナちゃんのことデビュー前から見てて、デビュー配信も本当に素敵で、大好きで。大好きだったから、あんなふうにヨナちゃんがいじられるようになったのが見ててつらかったんです。
でも、私はただのリスナーで、ヨナちゃんの気持ちはわからない。あの状況でもヨナちゃんが楽しいなら別にいい。だから、ヨナちゃんの配信を見ないって選択をしたんです」
彼女の声から、本当に悲しんでいるのが伝わった。私もつらかった、なんて軽々しくいってはいけない。そんな言葉では、彼女もヨナも救われないだろう。
「それで、だいぶ経ってからヨナちゃんが引退するのを知って……ひがおさんと揉めてたときも見てました。見ることしか、できませんでした。
引退の告知の配信を見て、みんなにやめようって言えてたら……と思いました。ヨナちゃんも本当はつらかったんだって……だから、ごめんなさいって……」
雛芥子の目から涙がこぼれる。震える彼女の背中をそっと撫でた。
「ううん。いいの、言えなかった私が悪いから。雛芥子さんがそんな風に思い詰める必要なんてないんだよ」
もしかしたら雛芥子と同じようにこの状況はおかしいと思っていた人がいたのかもしれない。本当にあんな配信を楽しんでいたのは山田だけだったのかもしれない。それでも現実にあったのは過剰ないじりコメントをするリスナーと、それを許容して笑っているVTuberだ。
悔やんでもどうにもならないし、「月島ヨナ」には謝罪の言葉なんかじゃ足りないけれど、でも私の気持ちを汲んで泣いてくれるリスナーが一人でもいるなら、それでいいかなと思う。きっとヨナもいいよと言ってくれるだろう。
「ありがとう。ヨナのこと、気にしてくれて」
「いえ……。はは……、私が泣いたって、しょうがないですよね」
雛芥子は強がるようにそう言うと、袖で乱雑に目元をぬぐい、立ち上がった。
「行きましょう、家どこですか?送ります」
「すぐそこのアパートだから、大丈夫だよ」
「じゃあ、アパートの前まで一緒に行きます」
雛芥子の後に続き、路地裏を出る。ずっと暗い場所にいたせいか、街灯のわずかな光でさえ明るいと感じた。
一分もかからずにアパートの前に着く。念のため部屋の前までついてきてもらったけれど、山田はどこにも見当たらなかった。
「雛芥子さん、ありがとうね」
「こちらこそ、です。ちゃんと言いたいことが言えてよかった」
雛芥子さんは何度も深くお辞儀をしてから帰っていった。彼女の後ろ姿を見送ってから、扉に鍵を差し込み、部屋の中に入る。家の中にも山田はいない。
レジ袋をテーブルに置き、飲み物を冷蔵庫の中に仕舞う。この部屋を出てから三十分も経っていないはずなのに、なんだかドッと疲れた。ご飯も食べずにベッドに倒れ込み、そのまま目を瞑る。
ここのところストレスで眠りが浅かったからか、視界が暗くなった瞬間に眠りに落ちていた。次に目が覚めたときはもう朝の十一時で、店長から
『あいつ今日はまだ来てないよ。でもわかんないから、今日は一応休んでね』
とメッセージが入っていた。多分もう来ないだろうと思ったけれど、わかりましたと返信をして二度寝をする。
その日の夜に、店長から山田が今日一日来なかったとメッセージが来た。多分もう来ないと伝え、事情は明日話すからと、私は次の日から仕事に復帰することになった。
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