第42話 暗い夜道

 何もしていないはずなのに疲れて、ずっとベッドの中で生活をしている。食欲もわかず一日に一食しか食べないような生活をしていたけれど、さすがに三日も家に閉じこもっていると冷蔵庫の中が空になった。


(食べるもの買いに行かなきゃな……)


 飲み物以外何もない冷蔵庫を見てぼんやりと考える。あとは実家から送られてきたお米くらいしか残っていない。何も食べる気にならないが、人は食べないと死んでしまう。特にこんな風に精神が参っていると余計に食事をおろそかにしてしまうけれど、こういう時こそ何か食べなくては。

 店長いわく、山田は閉店の時間になると大人しく帰るらしい。周辺を警察に見回ってもらったけれど、その時間に山田のような人間を見かけることはなかったそうだ。

 時刻は午後十時。女一人で出歩くには危ない時間だけれど、あのストーカーがいるかもしれない昼間よりはきっとマシだろう。それに近くのコンビニに行ってご飯を買うだけだ。店よりも近いし、10分もあれば帰って来れる。でも念のため、顔を隠すようにパーカーを羽織って外に出た。

 夜とはいえ、外はまだ蒸し暑い。じとっとした空気が肌にはりつき、玄関を出て一歩目で外に出たことを後悔した。扉に鍵をかけ、階段を下りる。街灯の明かりだけが道を照らしていて、他に人はいなかった。

 パーカーのフードを深くかぶる。傍から見れば私の方が不審者だろう。きょろきょろと辺りをうかがいながら歩いているし、今警察に会ったら間違いなく職質される。

 でも警察よりも、山田と出会う方が恐ろしかった。ただコンビニに行くだけなのに、心臓がバクバクして治まらない。山田が店に現れなくなってもきっとこんな風に怯えながら外を歩かないといけなくなるのだろう。

 そんな風にびくびくしながら歩いているうちに、コンビニの明かりが見えた。早歩きで自動ドアの前に立ち、軽快な入店音を聞いて明るい店内に入る。いつも通りのコンビニなのに、安心感を覚えた。レジの横では大学生らしい風貌の店員がぼーっと立っている。店の中には私以外にサラリーマンが一人いた。

 カゴを持って店内をふらふらと歩く。食べたいものも見つからないまま、ペットボトルのお茶とお弁当、カップラーメンやパンをいくつかカゴの中に放り込んだ。とりあえずこれでしばらくは持つだろう。山田だってそんな何週間もずっと見張っていることはできないはずだ。

 レジにカゴを置き、支払いを済ませる。


「ありがとうございましたあ」


 ダルそうな店員の声を聞きながら、レジ袋片手にコンビニを後にする。BGMの鳴っていた明るい店内から静かで暗い外に出ると、さっきよりも強い恐怖が押し寄せた。

 きっと大丈夫だ、来る途中も出会わなかったし、この付近にはいないはず。警察も見回ってくれているし、片道五分の道のりだ。レジ袋を持つ手に力を入れ、早歩きでコンビニの駐車場を抜けていく。できるだけ街灯のそばを通るようにして歩いた。

 必死に歩いていたからか、二分ほどで私の住むアパートが見えた。ほっと胸を撫でおろし、ほとんど小走りに近い速さで家に向かう。自分の心臓と、息を吐き出す音がうるさい。そのとき、アスファルトの凹みにつまづいて、その衝撃でポケットに入れっぱなしだった鍵が落ちた。カツン、と甲高い音を立ててアスファルトに転がったそれを拾い上げようとしゃがむ。

 その瞬間、何かが私の腕を勢いよく引っ張り、カギを拾うために不安定な体制になっていた私は、何かに引っ張られるまま路地裏へと倒れ込んだ。

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