第32話 引退配信

「こんヨナー!見えてる?」


 蓋絵を外し、いつもの明るいBGMをかける。同時視聴者数がすでに三百人を超えていて驚いた。引退を報告した時の配信よりも多い。一体どこにこれだけのリスナーがいたのだろう。


『こんヨナ!見えてるよ!』

『きちゃ、こんヨナ~』


 普段よりも早いコメント欄を目で追いかける。いつもなら全部読んでも時間が余るくらいの言葉たちがあっという間に流れていった。


「……見えてる?ならよかった!

えーっと、何から話そうかな。とりあえず、今日、月島ヨナは引退します」


 コメント欄には私を惜しむ声や、長文で気持ちを伝えようとするものが並んでいて、私の話なんて放っておいてそれを読んでいたくなる。けれど、今日の「月島ヨナ」の言葉はリスナーにとっても、私にとっても大切なものだから、きちんと話さなくては。


「正直、何から話したらいいかわからないんだけどさ。一年半、くらいかな、配信始めてから。すごい早かったよね、あっという間だった。みんなはどうだった?」


『あっという間だった』

『まだヨナちゃんのこと見始めたばっかりだった……』


 初配信から見てくれている古参の人も、最近アーカイブにコメントをしてくれている人も等しくヨナに愛情を注いでくれている。それが嬉しかった。

 今日ばかりはいつも私に厳しい言葉や、いじりの範疇を超えた発言をするような人たちもしおらしく『引退しないで』なんてコメントしていて、少し笑える。君たちのせいだとはわざわざ言わないけれど、前の配信の時点で感じてはいるだろう。


「まあでも、前の配信で結構引退の理由とか言いたいこと言っちゃったからなあ。何話そう、思い出話とかする?なんか私の配信で思い出に残ってる事とかある?」


『ヨナちゃんの雑談配信が好きでした!!』

『昔やってた相談枠とか楽しかったな~』


 コメントに流れるみんなの感想は、どれもこれも懐かしくて、だからこそ寂しくなった。もうあの頃の時間は戻らないし、取り返すこともできない。もう少し頑張っていれば、なんてことが頭によぎるけれど、考えたってどうしようもないからやめた。


『月島のゲーム配信、結構好きだった』


「えー、ゲーム配信?私ゲーム下手だったでしょ」


 ゲームを必死でやっていたときの配信は、正直思い出したくない。私がコメント欄を見たくないと思い始めたのは、あの頃だったから。


『プレイの上手下手よりヨナちゃんが頑張ってるの見るの楽しかったよ』

『なんか親近感あった』


「親近感ってそれ褒めてる?私ゲーム苦手だったから、みんなが気に入ってるの意外かも」


 コメント欄では思ったよりゲーム配信が褒められていて、配信者のやりたいことと視聴者が見て楽しいものって一致しないんだな、なんて思う。これだけの人が気に入ってくれていたなら、あのときの私はちゃんと楽しんでいるように見せられていたんだろうか。

 ゲーム配信の時はほとんどいた「山田」の姿は今日の配信では見当たらない。見ているけれどコメントしていないのか、それとも私が配信をしていない間に離れたのか、わからないけれどいないならそれでいい。


「まあでも、Vやるまでゲームとか触れてこなかったからさ、やるにはいいきっかけだったのかもね」


 これに関しては本心だ。ゲームだけじゃなくても、この世界はサブカルチャーに興味のなかった私に色々なことを教えてくれた。配信をやってなければ聞くことのなかった音楽や、観ることのなかった映画がたくさんあると思う。配信というたくさんの人が関わる環境の中で、私は少しだけ別の世界を垣間見た。


「みんなからおすすめのゲームとか教えてもらってさ、合わなくてもやってみたりとか、そういうのは結構楽しかったかな」


 もっと私がゲームを上手にできていたら、あんなコメントも湧かなかったかもしれない。後悔したってしょうがない。こういうどうしようもないこと全部含めてのこの活動だった。

 そんな私の気持ちが移ったように、コメントに並ぶ言葉もしんみりしていく。その中を、一つのコメントが通り過ぎて行った。特別長いコメントだったわけでもないのに、なぜか目を引かれる。


『引退って、実はドッキリとか?笑』


 そのコメントは、「山田」のものだった。

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