第30話 引退配信の告知

 あのツイートをしたことで私の通知はぱったりと静かになった、なんてことはない。次の日になっても相変わらず通知欄はそれなりに動いていて、でもそこに並ぶ言葉は随分優しいものになっていた。


『誤解していました、申し訳ありません』

『すみませんでした』


 そんな言葉はもちろん私に暴言を吐いた人からも送られていたけれど、そうでないひがおさんのファンからも謝罪の言葉が並んでいて、逆に申し訳なくなる。謝るべきなのは、ファンじゃないのに。

 内容が内容なのでいいねをするのはさすがに、という思いが働き、ただリプライにはすべて目を通した。まだ癇癪を起しているような暴言を見つけては、そっとブロックをする。わざわざアカウントを作ることはもうしないらしい。


 ひがおさんからはやはり何の連絡もなく、ツイートで謝罪をしたという話も聞かず、ただひっそりと周りから厳しい言葉をもらっているところだけ目にした。

 ひがおさんは一瞬だけSNSのトレンドに入っていて、その様子を見たところ、やはり前にも何かトラブルを起こしていたらしい。それでもなおアカウントも名前も変えずに活動をしているなんて、よっぽどメンタルが強いんだろう。でも、私は過去の件について興味がなかったし、トレンドに入っていたのも平日のお昼二時という人の少ない時間だったから、この話題はあっという間に埋もれた。

 今日仕事が終わって家に帰ってくる頃には、通知欄も静かに戻り、トレンドに私の名前やひがおさんの名前が入っていることもなかった。


 タイムラインをぼんやりと眺めて、そろそろ引退配信の告知のツイートをしなければ、と思う。でもなんだか億劫で、興味のない他人のつぶやきを一つ一つ丁寧に読んでいた。誰も彼もがなんてことない独り言をつぶやいているのを見て、時折ある告知や動画投稿のツイートをいいねする。この人新衣装出したんだ、とかそういうことを思いながらぽちぽちと。

 今日のご飯はなんだったとか、一日中仕事で疲れたとか、そういう何気ないことを「推し」がつぶやくと、それがどうしようもなく貴重な情報に思えるらしい。テンシちゃんのSNSは基本的に新作動画のお知らせしかなかったから、そういう何気ないつぶやきはなかった。もしも彼女がそんなツイートをしていたら、私は喜んで翌日のご飯のメニューを同じにしていたかもしれない。

 そういうのが、ファンの幸せなんだと思う。少しでも推しの日常に触れること、少しでも推しの情報を知れること。私は、そんな「推し」になれただろうか。私の「情報」は、リスナーにとって日常の幸せになっただろうか。

 タイムラインから離れ、ツイート欄を開く。引退配信の告知なんて、なんだか生前に葬式の招待状を送るような感じがする。


『バタバタしていて告知が遅くなってしまってごめんね!

引退配信は来週の月曜日22時から行いたいと思います。

みんなと話せる最後の機会なので、よかったら来てくれると嬉しいです!

待機所はまた作ったらツイートするー!!』


 あんまり堅苦しい文章だと重いかな、と考えながら、最初は全部ですます調だった語尾を直しツイートする。なんだかバカっぽくなってしまった気がするけど、最近が真面目過ぎただけかもしれない。

 ツイートしてからすぐ、ぽんぽんとリプライにいつも見る顔が並ぶ。今日は全部のリプライに返信しようと思い、きたコメントに片っ端から返していると、もう随分絡んでいなかった他のVTuberからもリプライがきていることに気が付いた。


『ヨナちゃん引退しちゃうの!?さみしい~~~』

『あんまり絡めなくてすごく残念です……』


 関わったことは少ないけれど、名前もアイコンもよく覚えている。タイムラインにいるVTuberはほとんどそんな感じだ。せいぜい登録者数の記念にリプライを送ったり、誕生日を祝ったりだとか、その程度。その程度でも寂しいと思ってくれるのか、と少し驚く。

 でも、私もこの人たちが先にいなくなってしまったら寂しいと思うだろう。実際、私が活動を始めた以降に引退した人たちと関わったことがなくても、タイムラインから彼女らの名前が消えるのは悲しかった。活発に活動していた人ならなおさら。

 私はその人たちになんの言葉もかけられなかった。関係性のない私に寂しいなんて言われても、薄っぺらくてどう受け取ればいいかわからないだろう。そう思っていたけれど、当事者になると案外嬉しいものだった。

 この人たちと今後関わることはなくなるんだな、と思うと言いようのない喪失感が押し寄せる。これが最後の会話かもしれない、と思いながらいつもより考えてリプライを返した。

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