第26話 シゲさんの部屋
湊音は目を開けると李仁はいなかった。近くにいた李仁もいない。そして自分がベッドの上に仰向けになって寝ていたことにも気づき、衣服は身に付けていることに何故かホッとして部屋を見渡した。
「ここは……」
すると部屋のドアをノックする音が。湊音はびくついて布団に隠れる。
「もう起きましたか?」
その声に聞き覚えがあった湊音は布団から顔を出した。
「シゲさん! どうして僕はこの部屋に?!」
李仁のある病院まで車を出してくれた仕立て屋のシゲさんを目の前に狼狽える湊音。
シゲさんは笑ってちょっと待っててと言い台所まで行ってウォーターサーバーから水をコップに入れて持ってきた。
「ずっと駐車場で待ってても来ないからどうしたかと思ったら二人仲良く病室で泣いて寝てました。看護師さん達も困り果てて。李仁は一日安静で今日のお昼また迎えに行きますが、湊音さんは僕が引き取ったのです」
「そうだったんですね……すいませんでした」
シゲさんは首を横に振る。穏やかで優しい微笑みに湊音は少しホッとする。
湊音は水を口に含みゆっくり飲み込む。泣き腫らしてしまいには病室で寝てしまうという失態が少し恥ずかしかったようだ。そして李仁は一晩入院してしまったという不安もよぎる。
「看護師さんの話ですと警察の方も来てて、車の中で男性と痴話喧嘩してたとのことで李仁は精神的にかなり衰弱してたようだ」
「シバだよ、その男性っての」
「シバか。あのガサツな元刑事……まぁそいつはすぐ帰ったそうだが。李仁が精神的に不安定になってここまで体調を崩すことは今までになかった」
そうシゲさんに言われて湊音は辛くなった。自分のせいだと責める。
「湊音さんが落ち込むことはないです。ただ、李仁と湊音さんの中で何があったかわかりませんが……」
湊音はまた泣き出す。
「僕がいけないんです。僕が……」
「あああ、すいません……泣かないでください」
「……いい歳して馬鹿ですよね、僕」
シゲさんは湊音の背中をさする。
少し落ち着いたところで湊音はシャワーを浴び、リビングのソファーに座った。部屋はとても綺麗でシックなレイアウト。湊音はすぐ気づいた。
以前来た時のシゲさんの部屋ではない、と。
「その、シゲさん……この部屋」
「ああ、二人にはお伝えするタイミングを逃しましたがご覧の通り、60超えた男一人暮らしを去年から始めましてね」
「……奥さんと娘さんは……」
「離婚しました。娘は嫁の方に。ああ、熟年離婚です。ゲイがバレたわけじゃないですよ」
とシゲさんは笑いながら湊音の前にあった机にホットドック、そしてコーヒーを置く。近くに住むシゲさんの兄弟が喫茶店を経営していてそこからお裾分けしてもらったようだ。湊音も何回かそのお店に行ったことがある。ややこしい話になるがシゲさんの兄が湊音の元妻の再婚相手でもあり、しばらく足を運んでいなかった。
「わざわざありがとうございます。喫茶店は最近どうですか」
「まぁなんとかやってるよ。コーヒー豆をネットで販売したり、売れ残りになりそうなサンドイッチやパンとかケーキをアプリ使って安く販売するとか私にはわからんですが上手く行ってるようで」
「シゲさんのご兄弟は冴えてるしよく勉強されてるからすごいですよ」
雑談もできるようになって少しは湊音も落ち着いたようだ。
コーヒーを啜り、バックミュージックはジャズ。高齢男性の一人暮らしはこういうものか、と感じとる。
湊音は少しよぎった。自分はもう李仁と一緒にいてはいけない、これ以上一緒にいるとお互いダメになるのでは、と。
そうなると一人で日々を過ごすことになるのだろうかと。実家に戻る選択もあるだろうが二回も出戻りとなると気が重い。
仕事もまともにできていない湊音はこれから仕事について家に帰ってから李仁や家族もいない生活はできるのだろうか。
孤独で押しつぶされて死んでしまわないかと、胸が苦しくなった湊音。
「シゲさんは一人の生活はどうですか」
と口から出た言葉。シゲさんはふふっと笑った。
「悪くはない。もともと夫婦間でも別々の行動が多かったし家族それぞれ趣味や趣向も違ってね……娘が奇跡的にテーラーの男を連れてくれば弟子にしてやっても良いが、今の時代オーダースーツも海外で大量に作られている……私の代で終わりかなと」
「寂しいですね……ずっと作ってもらってたし」
「また湊音くんがスーツを着ることになったら作りますから」
「ありがとうございます……」
するとそこに着信が。
「シバ……」
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